「あ、」と思った時には、ぴたりと足が止まった。それと同時に「またか」と顔を顰めた。


大学生くらいだろうか、少し派手なお姉さん2人に囲まれた特徴的な癖毛とつり目の彼を見るのは何も初めてではなかった。渋谷のハチ公前、待ち合わせにはベタだけど、行動範囲を重ね合わせたら妥当だった。
遅刻常習犯と言われていた彼を約束の5分前に見るのだって珍しくなくなった頃、こんな風に足を止めることが多くなった。平均身長以上に伸びた背丈とテニスをするためにつけられた筋肉とつり目は近寄り難い印象さえあるだろうに、彼はよくこうして言い寄られる。

「ねぇ〜やっぱダメ?」

数メートル先から聞こえる甘ったるい声。ガヤガヤとうるさい街中でその音だけがやたら大きく聞こえた。
派手な髪に盛られた谷間、ぴたりとした服から伸びる白い手足は細く、いかにも男の人が好きそうな格好をした彼女達はベタベタと無遠慮に彼に触れ、まだ会話を続けるようだ。

12時を知らせる音がした。

視界に映る買ったばかりの白いニットは、真夏の日の光を受けて眩しいくらいで思わず目を瞑る。
あーあ。こんな、どろどろしたもの知りたくなかった。
数メートル手前で足を止める度、その先で甘ったるい声が響く度、こぼれ落ちる感情のやり場なんてわからない。

「俺、待ち合わせしてるんすよね」
「友達?友達なら一緒に遊べばいいじゃん!」

それでもなお食い下がる彼女達にはあっぱれだ。

「いーや、カノジョ」

口角を上げた彼と目が合った。ぶわっと心臓から体の先に熱が伝染していく。
こんなの、こんなの、赤也くんじゃない、みたいだ。

「そーゆーワケなんで、アンタらはお呼びじゃねーの」

あんぐりと口を開け、「なにそれ!ちょーシラケるんだけどっ!」と憤慨するお姉さん達を横目に彼は真っ直ぐ私を捉えた。……頬がやけに熱いのは酷暑と言われるこの外気の所為。

「着いたんならLINEのひとつくらいあってもいーっしょ、杏チャン」

右手に持ったスマートフォンを振りながら彼はわかりやすく唇を尖らせた。その屈託のなさに何となく居心地が悪くなる。

「最初から気づいてたくせによく言うわよ」

ぷい、と顔を逸らすと「あり?知ってた?」と悪びれもしない呑気な声と共に熱い腕が肩に回される。ノースリーブ越しに触れるテニスをする男の体。
「ねぇ。暑いってば」とその腕から逃れれば、「キゲンなおせよ〜」と彼は笑う。


素直になれないのはお互い様だと、本当は知っていた。
溺れる先に優越感

'18/08