ひたすらボールを追いかけた日々を彷彿とさせる雲ひとつない青空が続く。ボールを追いかけたい衝動を抑え、ひんやりとした空気と古びた紙の匂いに包まれていた。かさり、と誰かが紙を捲る音。カリカリ、と紙の上をペンが走る音。さらり、と髪が指に乗って揺れる――あらわになる白い肌にごくり、と喉が鳴った。
この時期の〈図書館〉という場所は普段の倍以上に人口密度が増す。連日のように同じ顔ぶれが並ぶことだってざらにある。今日だって周りを見れば昨日も見かけた顔があちらこちらに座って黙々と何かをしている。何が嬉しくてこんな窮屈な場所に何時間も滞在しなきゃいけないんだ、テニスがしたい、と叫びたい気持ちでいっぱいだ。しかし、目の前にいる彼女に「こうでもしなきゃ留年確実!」と半ば強制的にこの場に連れて来られた。逃げ出すことも出来たが、甘んじてこの環境を受け入れろ、と己の経験則が語った。
彼女――橘杏と出会って早くも5年が経とうしているが、あの頃誰が彼女と所謂"恋仲"になると思っただろうか。他の誰でもない自分達自身が一番驚いたくらいだ。喧嘩なんて日常茶飯事だし、怒らせて泣かせたことも両手両足じゃ足らない……まぁ、彼女の泣いた顔はそそるからやめるつもりなんてないけど。
――そんな、らしくもないことを変わらない彼女のトレードマークを眺めながら思っていると、ノートとにらめっこをしていたはずの彼女と目が合った。
「ちょっと、手止まってる!」
「そーゆーこともあるだろ」
「……心ここにあらずって感じだったじゃない」
キッと睨みをきかす彼女に「おーこわっ!」と大袈裟にリアクションを取れば、ノートの角で頭を叩かれる。相変わらず乱暴というか怒り方まで男勝りというか。もっと女子力のある――ノートの平面で優しく叩くとかないのか。
痛む頭を押さえながら机に突っ伏す。元々、勉強に関しての集中力はからきしで、いい加減、限界だ。
「まったく……誰の為だと思ってるのよ」
「へいへい。……あー、テニスしてぇー」
項垂れる俺に呆れた声が降ってくる。一度スイッチの切れた頭にボールを追いかけたい衝動が顔を見せる。ちらり、と目線だけを上げれば頬杖をつき、困ったような顔。クーラー対策として薄手のカーディガンを羽織っているものの相変わらず薄着の彼女を下から見上げるのも悪くない――と、思っていれば再度、後頭部に鈍い痛みが走る。だから、それ痛いんだって。
「ってぇー……。本の角とか鬼だろ、タチバナさん」
「だって、今変なこと考えてたでしょ!?」
「あーまぁ、相変わらずエロい服着てんなぁー、くらい?」
にやり、と口角を上げながら本音をこぼせば真っ赤な顔をして「バカっ!!」と彼女が叫ぶ。それと同時に手が動くから阻止。売り言葉に買い言葉――こんなやり取りなんてしょっちゅうだし、阻止とか避けるとかなんて朝飯前だ。しかし、どうしてそう暴力的なんだよ。彼女の腕を取って、反対の人差指を彼女の口に当てる。
「タチバナさん、声!めっちゃ睨まれてるつーの」
「うっ……」
紙を捲る音かペンの走る音、誰かの靴の音くらいしか響かない<図書室>だ。彼女の叫んだ声に批難の視線があちこちから飛んでくる。その視線に居た堪れなくなった彼女は小さくなっている。もうこの際だ、と手早くノートとペンを片付け、彼女の手を引いてその場を後にする。屋外に出れば、ギラついた太陽がまぶしい。うだるような暑さでもひやりとした肌にこの熱気は心地よかった。
「切原くん、どこ行くのよ!」
「ストテニ。ちょっと付き合ってよ」
「え、課題は?」
「後でやるって!とりあえずテニスしてぇー」
じっとしているなんて性に合わない。とにかく体を動かしてスカっとしたい、慣れない環境に疲れた脳が騒ぐ。おまけにテニスが出来る彼女もいる。足早にストリートテニスに向かう俺に彼女は溜息をこぼす。
「しょうがないなぁ……。あとでアイス奢ってよね!」
「安いやつな」
「やだ、ハーゲンダッツがいい」
「……わぁーったよ」
半ば強制的だったとはいえ、課題に付き合ってもらった以上断れない。今月、バイト代まだ出てないから金欠だっていうのに。そんな俺を余所に「ふふ。赤也くんのそういうとこ好きだよ」なんて言ってのける――この女、ほんとずるい。一生勝てる気しねぇ。
「赤也くん?」
「……1セットマッチでいいよな、杏チャン」
「望むところよ」
04.ことば
'16/02
アイスネタ好きです(笑)
赤也も杏ちゃんもキャラが行方不明すぎる件。
持ち帰り自由。報告不要。
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