自慢にも全くならない、自覚している性癖がある。性癖と言っても朝に弱い、ただそれだけのこと。でも不思議なことに低血圧ではない。それだけに対処法が取れなくて厄介だった。昔はきちんと起きれたのに……習慣の問題なのか、何が原因なのかさっぱり不明。いくら健康オタクの彼氏でもこれは解決のしようがないだろうと思って、一切話していない。まさかそれがあんなことを引き起こすなんてあの頃の私は考えていなかった。

彼と付き合うようになってから向こうがそれはそれはご丁寧に毎日モーニングコールをしてくれる、それも寸分の狂いもなく決まって同じ時間に。女家族が多い所為なのかその性格故なのかよくわからないが、大体余裕を見て二時間前に必ず電話を入れてくれる。そのおかげで今までのような遅刻ギリギリ生活はなくなった。
以前、彼の部活に顔を出した時に後輩であり遅刻ギリギリ仲間だった財前くんにぶつぶつ文句言われたけど……。彼――財前くんとのこの繋がりがなかったら四天宝寺の聖書と謳われる白石蔵ノ介とは付き合えてなかったのだから、せめてものお詫びにと彼の好物である白玉ぜんざいを奢ってあげたのは二人だけの秘密だ。


夜更かしは美容の敵、と言われていても夜更かしをしてしまうのが性というもの。好きで夜更かしをする日もあるが、今回は不可抗力だ。苦手科目なんて後回しタイプだからあっさり終わるとは端から思っていなかったが、案の定提出日の前日に泣きを見るという結果だ。睡眠時間を削る他なくて、気が付いた時には普段家を出る時間を過ぎていた。
時計を見て、慌てて制服に着替え、家を飛び出す。校門まであと数百メーターというところで不意に声をかけられる。

「……先輩、」
「あ、財前くん。おはよー」

振り向けば見知った後輩の顔。まだ覚醒しきってないのか、あの生意気な鋭い視線がない上に口を動かす度にむにゃむにゃと覇気がない状態。久しぶりに見た普段とのギャップに不覚にも可愛いなと思ってしまう。

「……久しぶりとちゃいます?先輩がこの時間に居るん」
「課題やっとたら寝るん遅なってもうて。起きたら遅刻ギリやってん」
「ふーん」

そのまま他愛のない会話をしながら校門を通り抜け、お互い教室を目指す。階段を上りながらふとあることを思い出したので隣にいる財前くんに聞いてみる。

「なぁ、財前くん」
「……なんすか」
「部活よかったん?」

今日、朝練あったやろ。と続けると無表情だった彼の顔が微かに歪む。すぐにさっきまでの無表情に変わってしまったけど。

「あー……どうせ間に合わんし、いいっすわ」
「それならええねんけど、」
「先輩こそよかったんすか。……部長に会わんで」
「会わん方がええわ」
「はぁ?」

その言葉に彼は素っ頓狂な声を上げる。まぁ、それが一番正しい反応だと思う。朝練や放課後の部活終わりに、いくら彼氏からの要望とはいえ毎回のように顔にを出していた奴が会わない方がいいなんて言い出すんだから。

「……何かあったんすか?」
「今日寝坊したって言うたやろ?」
「はぁ……、」
「さっき携帯見たら、蔵から大量の着信が入っとってなぁ」

携帯の画面に着歴を表示して財前くんに差し出す。それを黙って受け取る彼の顔が次第に歪んでいくのが見て取れる。ぼそりと一言「うわー、ないっすわ……部長」と口にし、携帯を返してきた彼に苦笑を浮かべながら口を開く。

「……これだけ並んどるってことは相当心配させたんやろなぁ、って思ったから会いたなんやわ」

自分の手元に戻ってきた携帯をしげしげと眺めて、そう零す。すると、げんなりとした顔がこちらに向いて大きな溜息を付いてくる。 私、仮にも先輩なんやけどなぁ……。先輩の顔見て溜息付くとは、ほんまええ根性しとるわこの子。

「何や聞くんやなかったすわ。……ただの惚気やん」
「はは、ごめんごめん。……ってわけやからこの話、蔵には言わんといてや?」
「えー、嫌っすわ」
「なにそれ」

心底嫌そうな顔を浮かべて財前くんはそう答える。こういうとこ相変わらずだ。先輩を先輩とも思わないこの態度。

「ぜんざい奢ってくれるんやったら考えますわ」
「もうっ!」

しれっと恐ろしいことを言うんだから、本当に。ぜんざいならこの前奢ってあげたばかりじゃないか。 溜息交じりの声を出せば、ニヤリと口角を上げていかにもいたずらっ子といった表情を作った彼がこちらを見ながら「冗談っすわ。……ほな、また」と言って階段から教室へと向かっていく。

「君が言うと冗談には聞こえんわ。ん、またね。声かけてくれてありがとう」

そう声をかければ、彼はこちらを振り返りもせずに右手を上げた。それを見た私も急いで自分のクラスへと向かう。
教室にたどり着いた頃にショートホームルームの始まる合図である本鈴が鳴る。担任が入るが早いか、彼が入ってくるのが早いか。
ショートホームルームを始めようとする担任を気にせず、蔵は私の元へ歩み寄ってくる。その険しい顔付きに何となく嫌な予感が駆け巡る。


「……蔵。お、おはよ」
「おはようさん」

ぎこちない私の挨拶もほぼスルーでずっとこちらを見ている蔵。私は嫌な予感で変な汗が流れるのを感じる。
はらはらしながらその光景を眺めているクラスメイトと担任。ちょっと眺めてんと誰か助けてぇなっ!

「、どないしたん?」
、ちょお顔貸しぃ」
「……それただのヤンキー」
「ええから来ぃや」
「う、うん」

有無を言わさない物言いにこれはもう黙ってついて行くしかないことを悟る。ぐっと腕を掴まれ、ずるずると引きずられるように教室を後にする。だんだんと遠くなる教室からホームルームを始めた担任の声が微かに聞こえる。……もうお願いやから誰かこの状況に突っ込んでや。行き先もわからず、ただ彼氏に腕を引かれたまま歩きながら、彼にはわからない程度の小さな溜息を零す。
そのまま校内を歩き続けて辿り着いた先は彼がよく訪れる保健室だった。不運なことに先生は不在で、好き勝手出来る状態。手を引かれたまま中を直進していき、綺麗にされているベッドの上に投げられる。彼にしては少々乱暴な行動のように見える。
そんなことを考えていると鍵を閉めていたのか、ベッドから離れていた蔵がこちらに戻ってくる。表情一つ変えない彼の顔が徐々に近付いて来たので思わず顔を逸らす。すると、肩口を押されて背中から白い世界にダイブ。視界の端にピンと敷かれたリネンと彼の利き腕に巻かれた包帯が映り込む。

「……なぁ、
「な、ん……」
「今日来るんえらい遅かったなぁ?」
「……寝坊してん」
「ふーん」

口角を少しだけ上げて意味深長な顔にまた冷や汗が身体を伝う。寝坊したのはれっきとした事実。……まぁ、理由が理由なだけに口を滑らす訳にはいかない。
引きつった顔であれこれ思案していると、またいつもより低いトーンの声が降ってくる。

「ほんなら財前としゃべっとったんは?」
「?!なんで知って、」
「職員室に部室の鍵なおしに行った時に偶然見えてん、と財前が」
「……」

思いも寄らない彼の言葉に目を見張って、黙るしか出来なくなってしまった。
背中は相変わらずベッドに預けられたまま、両脇は蔵の腕で塞がっているし、真正面には彼自身、逃げ場はない。顔を逸らせば顎を掴まれて真正面を向かされ、否が応でも彼を視界に入れる羽目になる。
せめてもの抵抗に視線だけ逸らすと、蔵が距離を詰めてくる。体を支える腕に力が加わった所為でスプリングがぎしりと音を立てる。お互いの呼吸音さえ聞き取れる距離で蔵が口を開く。その動作に心臓が跳ねる。

「モーニングコールに出んと他の男としゃべるとはええ根性してるんちゃう?……なぁ、サン」
「うっ……。っ、ただの偶然!ホンマに!校門前で話しかけられてん」
「……ほんで?」
「財前くんと会うん久々やったから、その……ちょっとしゃべっとっただけ」

必死の弁解もその冷ややかな視線を前に何の意味も持たなかった。うーん、これ以上引っ張ってもいいことなさそう。私はおとなしく諦めて、再度口を開く。

「……なぁ、蔵」
「何や?」
「もしかして妬いてる?」
「自分、気付くん遅いやろ」

その問いに目の前の彼は呆れたような声で返してくる。
さっきまでの冷ややかな視線もなくなり、いつもの優しい目が私を捉えている。片手で私の前髪を軽く払うように弄ってからまた口を開く。

「まぁ、妬いてるっちゅーよりは怒ってんねんけどな」
「え」

蔵のその言葉に思わず間抜けな声を発してしまう。他に怒らせるようなことしたかなぁ……、と思い「あのぉ、蔵ノ介さん。私他に何かやらかしましたっけ?」と首を傾げながら問う。すると、小さな溜息と共に「自分何で朝弱いこと黙ってたん?」と声が降ってくる。真剣そのものなその目を前に私は思わず視線を泳がす。

「何でって……蔵と付き合うようになってからはアンタが毎朝電話入れてくれとったからそれで起きれてたし。それに話す機会がなかったから別にいいかなぁ、って……」

言い訳にならない言い訳を並べると上から盛大な溜息が聞こえる。それと同時に蔵が倒れこんでくる。

「ちょっ、どないしたん?!蔵っ!」
「財前と仲良かったんは単に遅刻仲間やったからなん?」
「……あー、うん。まぁ、そうやね」
「はぁ、……」

彼の中で何かが解決したのか再度盛大な溜息が彼の口から零れる。吐き出された息が首筋にかかりくすぐったくて身をよじる。
そんな私を余所に蔵は首筋、頬、額、おまけに唇と好き放題に口付けていく。しばらくすると満足げな表情がこちらを見下ろしていた。身体を私の上から退け、横へ腰を下ろす。

「はぁ……心配させよってからに、」
「ごめん。まさかこんなことになるとは思ってへんかったわ」

上体を起こし、彼の横顔を眺めながら呟くと、すっと腕が伸びてきて抱きしめられる。ちょっと無理な体勢で苦しいけど、その腕の中の心地よさを知ってるからそのまま。

「心配かけてごめんな。……蔵、大好きやで」
「俺も愛してるで、。もう心配かけんといてや?」
「、うん」

顔を上げれば最上級に甘い口付けが降って来る。
私の彼氏は四天宝寺の聖書で完璧人間。
……でも、本当は普通のやきもち焼きの男の子です!
02.欲深ジーザス

余談

「で、結局寝坊した理由なんなん?」
「……生物のレポートやっとってん」
「朝弱いのに徹夜してたっちゅーわけかい」
「だって今日提出やってんもん」
「はぁ……。終わったん?」
「いや、あともうちょいあんねん」
「見たるから出し」
「、おおきに」
翌日彼が私の為にわざわざ朝に強くなれるようにメニューを組んできたのはまた別の話。
'10/04


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