子どもは親を選べない。――それは事実。
人は"幼馴染"を選べない。――それは私の持論。
「……ねぇ、。アンタまた何かあった?」
「何の話?」
「だってアンタ、如何にも『何かありました〜』って顔してるんだもん」
「あのねぇ……さん、それはひどいんじゃない?」
「事実を述べたまでですけど?」
「う……」
「まぁ、検討は付いてるけどね」
「じゃあそっとしておいて」
「はいはい」
そうやっては笑いながら自分の席に戻って行く。そんな彼女の後ろ姿を見てぼんやりと考える。私そんなに酷い顔してたかしら……?親友であるが言うんだから間違いないのだろうけど。
中学生の頃から半年に一回のペースでやってくる鬱的症状。その時々によって原因は違うのだが最近原因が固定されてきて、それがまた厄介だった。
ふぅっと深い溜息を一つ付いて机に突っ伏していれば不意に冷たいものを首筋に当てられる。誰がやっているかなんてわかりきっているからゆっくりと顔を上げればやはり見知った顔が二つこちらを見て面白くなさそうにしている。
「お前さぁ、もうちょいリアクションの取り方あるだろぃ」
「丸井の言う通りじゃ。もうちょっとマシなリアクション取りんしゃい」
「……何でアンタ達の暇潰しみたいな行動に一々リアクション取らなきゃならないのよ」
「うわ、今日の、冷たっ!」
「ってゆーか、アンタ達次の時間サボるんじゃなかったの?」
「あー、それな……」
先程二人してサボると宣言して教室を出て行ったはずなのにどうして彼らがここにいるのだろうと、問えば言いにくそうにごにょごにょと口ごもっている。
「何かあったわけ?」
「それがさ、屋上に行く途中で柳に見つかっちまってよ……」
「強制送還されたってわけか。そりゃご愁傷様」
「何じゃ、お前さん機嫌悪いんか?」
「もうほっといてよ……」
私がそう鬱陶しげに且つ力なく言えば馬鹿二人――もとい仁王と丸井は余程驚いたのか互いの顔を見合わせてそのまま自分達の席へと戻って行く。自分の席と言ったって仁王は私の左隣で丸井は斜め右後ろだからあんま離れていない、だからちょっかいなんてすぐに出せる距離。案の定、席に戻った彼らは私の顔を見ながらにやにやしている。
あー、もう本当に苛々する。原因がわかっているだけに余計苛々するわけで。今日ほど自分のタイミングの悪さを呪ったことはないだろう。
私の所属する部の連中が他のどの部をも抜いてどこぞの人気アイドルのように騒ぎ立てられているのは中学時代からお馴染みのことでもう気に留めるほどのことではない。特にレギュラー陣の人気は異常で毎日が告白の嵐だ。部長があの男になってからほぼレギュラー専属マネージャーと化している私は手紙・差し入れの受け渡し、呼び出しに一役買わされている。
殊にコート上の詐欺師と云われるあの男とは腐れ縁の仲だからこの手のことに慣れてはいる、とは言え自分の後輩が自分の幼馴染に告白している現場を見てしまうのは罰が悪い。
前述した通りこの部のレギュラー陣はとにかく人気がある。その所為かマネージャー志望の女子は山というほどいて。でも数ヶ月で、ひどい時は一日でやめていくマネージャーも多い。大抵は仕事量の多さ、思い描いていたものと違う現実に耐えられなくてやめていく。
中学時代、何部に入るか迷っていている時に腐れ縁の仁王と魔王……もとい幸村にほだされて男子テニス部のマネージャーになってしまった私は結局その好みで高校生の今もマネージャーを続けている。
入った当時はたくさんいた同期のマネージャーも日を追うごとに少なくなり最上級生となった今では同期のマネは誰一人と居らず私だけだ。後輩だって仮入部の時点ではたくさんいたはずなのにいざ入部となると少なくなっており、現時点でも大した人数はいない。
仕事量の多さ、思い描いていたものと違う現実に耐えられなくてやめていく者、そして恋焦がれた気持ちが抑えられず告白して本人と気まずくなりやめていく者。そんな中途半端な気持ちを持った彼女らを見ていると何だか苛々する。
だけど、自分も人のことが言えなくて――だってこの気持ちはあの男を想うが故なのだから。
うだうだと考え事をしていたらクラスメイトが「さん、後輩の子が呼んでたよ」と声をかけてくれたので入り口に目を向ければ数人の後輩とプラスα。いつものことだから溜息を一つだけ付いてクラスメイトに「ありがとう」と言って席を立つ。
遠くの方でが、近くにいた丸井も心配そうにこちらを見ていたので心配ないよ、という意味でウィンクをしてから教室から出る。私に気付いたのか後輩の一人が「突然すみません」言う。私は「気にしないで」と一言口にしてから人のいなそうな場所へと向かう。
「……で、用件は?」
修羅場の定番である裏庭で私はそう口にした。
すると集団の一人が『さすがに慣れてるだけあって話が早いですね』なんて言う。
別にこんなこと誰も好き好んで慣れようなんて思ってないわよ、と心の中で毒づいて集団の顔を見れば数人の後輩は申し訳なさそうな顔をしてこちらを見ている。可哀想に、カモフラージュの為に連れて来られたのね。
「先輩にとって仁王先輩は何ですか?」
単刀直入に言うなぁ、なんて他人事のように思いつつ発言した子の顔を見れば自分の後輩で彼に告白していた彼女だった――私が今日見てしまった。
「……幼馴染、部活上はレギュラーとマネ。それ以上でもそれ以下でもないわよ」
修羅場の定番とも取れるその言葉に小さく溜息を付いて、言い慣れたその台詞を口にした。
『でも私達見たのよ!アンタと仁王先輩がキスしてるのっ!』
叫ぶように言う取り巻きに一瞬驚いた。
見られてたのね……。
「あぁ、……あれ、ね」
正確な時期は忘れたがここ数ヶ月の間に確かに私と彼はキスをした。屋上で、部室で、教室で、家の前で、と実に色々な場所で。
私の意思なんて無視もいいとこで言葉巧みにけしかけて来ては好き放題やらかしてくれる彼を拒めない私は相当重症なのかもしれない。結局はあの幼馴染に弱いのだ、十数年来の片思い故に。
そんな事に思いを巡らせていれば苛々し始めた数人が『早く答えなさいよ!』なんて言ってる。短気だなぁ、なんて私も人の事言えないか。
「仁王と私がキスしてたことが相当ショックのようだけど、あの男にとってキスなんて挨拶みたいなものだから気にしたところでどうしようもないわよ。……それに、」
私が一息置いてから「あの変態詐欺師なんて食えないだけだからやめておいた方がいいわよ。……後悔するのが関の山」と言うと目の前にいる少女達は悔しさからか言葉も出ないようでこちらをただ見つめ――もとい睨んでいるだけだった。
「『食えないだけの変態詐欺師』とは誰のことかのう」
『に、仁王せんぱ、い……』
「さぁ誰のことでしょうね」
「……それよりそこのお前さんらは何しとるんじゃ?」
『そ、それ、は……』
突然の仁王の登場で少女達は困惑して歯切れが悪い。
まぁ、確かにこいつの登場だけは計算外だわ。……この男、私が呼び出されることを図って振ったわね。
「お前さんらがどんなにアピールして来ようとこんなことしてる限り俺がお前さんらに靡くことはなか。……それだけ理解して教室に戻りんしゃい」
『……』
いつになく真剣な言動を見せた仁王に少女達は黙って去って行き、その場に残されたのは私と彼の二人だけだった。
「……朝から機嫌悪いとは思っちょったが『あれ』が原因か」
「別にそんなじゃないわよ」
意地の悪い笑みを浮かべてしゃべりかけてくる彼に私はつい、と顔を背けて答える。
「ほー。俺はが嫉妬してくれて嬉しいんじゃけど」
「アンタやっぱり知っててやったわね?!」
「さて何のことかのう」
「あー、もう。馬鹿みたい」
結局彼の手の平で踊らされていただけなのだとわかった途端に何だか自分が情けなく思えてきて盛大に溜息を零して後ろにある壁にもたれかかる。
すると目の前にいた彼は何を思ったのか手を伸ばし私の逃げ道を塞ぐかのように壁に両手を付く。そして顔を少しずつ近付けてくるから私は顔を背けて視線を落とす。
「……のう、。こっち向きんしゃい」
「いや。向いたら何されるかわかったもんじゃないもの」
「お前さんなぁ……」
私がそう言うと仁王は溜息を零す。しかし喉を鳴らして笑っている。
「なに笑ってんのよ、雅治」
「や、何もなかよ?」
「嘘。アンタがそうやって笑う時は大抵人を小馬鹿にしてるって知ってるんだから」
「そうやって十数年もに愛されてる俺は幸せもんじゃなぁ、って思ってるだけじゃ」
「自惚れないでよ、馬鹿」
「十数年は当たってるじゃろ?」
「……っ」
「そこは俺も一緒じゃし」
「もう、」
「……。こっち向いてくれんかのう」
そんな声で言われたら振り向きたくなるじゃない。
……わかっていてやってるんだろうからやっぱり質の悪い男だわ。
おずおずと顔を向ければ1cmもない距離に雅治の顔があって不覚にも胸が高鳴る。
そんな私を余所に雅治は「好きじゃよ、」なんて言ってくるから彼が言葉を発する度に唇が触れて柄にもなくドキドキしてしまう。
「、私も好きよ。雅治」
結局いいように丸め込まれて、キスの嵐が降り注いだ。
03.
愛惜
メランコリア
'09/08
内容ぐだぐだで実にすみません。
雰囲気重視で書いてたらこうなってしまった……OTLorz
持ち帰り自由。報告不要。
HP掲載時にはサイト名明記お願いします。
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