《あい らぶ ゆう》

たった6文字。されど6文字。人それぞれ"愛の形"がある。


「その昔、〈I LOVE YOU〉を夏目漱石は『月が綺麗ですね』と訳し、二葉亭四迷は『わたし、死んでもいいわ』と訳したと言います」

担任である国語教諭はそこで言葉を区切り、片手に持っていた教科書を教卓に置くと人差し指を立てて講義を進めた。

「さて、そこで!君達なら〈I LOVE YOU〉をなんと訳すかな?もちろん「好き」や「愛してる」など直接的な表現を使わないこと!……あ、これ今日の宿題ね」

「アデュー」と、ご丁寧に語尾にハートマークまでつけて鳴海は教室を出て行った。

担任が教室からいなくなった――それはすなわち、休み時間。鳴海が置いていった宿題のことで持ちきりの教室は普段より一層ざわついていた。

「なんっちゅー宿題やねーん!!!」

予想通り、大声を上げて頭を抱える少女が一人。

「み、蜜柑ちゃん、落ち着いて……」
「委員長っ!これが落ち着いてられるかいなっ!!なんで〈I LOVE YOU〉が『死んでもいいわ』やねんっ!!!!」
「……佐倉にとってのツッコミどころはそこなんだ」

窘めるような周りの声にも耳を貸さず、一人わめき続けるツインテールの少女に溜息を一つだけついてバカン砲を向ける。
大きな音に教室が一時的に静かになる。口元を引き攣らせた友人数名、涙目になった親友が一斉にこちらを向いたのでもう一つ溜息をついた。

「ほ、ほたるしゃん……?」
「うるさい」

いつものようにぴしゃりと一言だけ言うと親友は今度こそ泣いてうなだれる。そんな彼女を慰める金髪の少年にも少しだけ腹が立って思わず舌打ちをすれば、窓辺に座っていた彼女のパートナーと目が合った。苦々しい顔をするくらいなら、そんなところで傍観してないでこっちに来て、あの少年から彼女を引き離したらいいのに、と考える自分が馬鹿らしい。
そうこうしていると落ち着いたのか蜜柑はこちらを向いて「……なぁ、蛍だったらあの宿題なんて答えるん?」と尋ねてきた。

「そうね……『金をくれ』かしら?」
「……蛍に聞いたうちがあほやったわ」
「あんたには言われたくないわ。……流架くんは、何て訳すのかしら?」

この手のことに初心な彼のことだから、とちょっと意地悪のつもりだった。「お、俺……?」と慌てた彼を見ているととても心が落ち着くんだから相当捻くれ者だろう。

「そうだなぁ……『世界の終わりを一緒に見よう』かなぁ」

意外な返答に周囲にいた人どころか窓際の棗くんでさえこちらを凝視している。あっけにとられてしまった私に流架くんは「俺変なこと言った……?」と少し慌てている。

「変というか、意外だったわ。……私、次の時間サボるから適当によろしくね」
「え、ちょっと……待ってよ!今井!」

あの場にいることに居た堪れなくなって適当言って教室を出るとその後を彼が追ってくる。いつからか縮まった歩幅にあっという間に追いつかれ、手を引かれる。咄嗟のことにバランスを崩せば、彼の腕の中に捉えられる。逃れようともがいてみたが、敵わない。バカン砲は……教室に置いたまま。潔く諦めておとなしくしていると、頭の上から声が降ってきた。

「俺、今井と一緒なら『世界の終わり』見られる気がするんだよね」
「なにそれ」
「うん、だからね――」
I love you

'16/08