文化祭も終盤を迎えた頃、生徒達がみんな一様にそわそわし始める。
もうだいぶ見慣れた光景――毎年見るお馴染みのものだ。
今日も今日とて目の前ではクラスメイト達が誰と踊る予定だの、 誰に申し込む予定だとか延々と話していたりしてるのだ。

『ラストダンスの伝説』

あんなくだらない嘘っぱちを信じてる奴らの気が知れない。いや、知りたくもない。
ラストダンスを踊ったくらいで易々と恋人同士になれるのであれば 誰も恋愛で困りはしないだろう。そもそも私と翼のようにラストダンスを 踊っても恋人にならない奴らだっている。バレンタインのチョコレートと 同じようなあのくだらない伝説に振り回されてるクラスメイトに嫌気が差 して私は席を立ちどこかに行こうとした。が、突然視界に人影が映る。

「みっさきー!どこ行くんだよ?」
「……なんだ、翼か。クラスの雰囲気に耐え切れないからどっか行こうかと思って」
「あー……確かに毎年のこととは言えやっぱ耐え切れねぇよな」

私の嫌そうな声に翼は苦笑を浮かべクラスを見回す。
その行動に妙な違和感を感じ取った。
いや、私の目の前に現れた時からいつもとは違う気がしていた。
長年の付き合いだ。その辺のことはすぐに気付いてしまう。
「……翼マニアになれそうだな」と心の中で毒づきながら翼に問う。

「なぁ、翼。私に何か用か?」
「そうだった!アイツらがお前に話があるって」
「アイツら……?」

翼は指差しながらそう言った。
彼が指差した方向には彼の友人が数名いる。
私も何度か翼と一緒に遊んだことのある奴らだ。
話の内容は何となく予想がついたが、行かないと後がややこしそう
なので少し面倒ではあったが友人のいる元へと向かった。



私が来るなり友人達は嬉しそうな、しかし少し申し訳なさそうな顔を して「急に呼び出してごめんね」と口にした。

「別にいいよ。……で、話って何?」
「美咲ちゃんはもうラストダンス誰と踊るか決めた?」
「決めてない」
「じ、じゃあさ俺らの中の一人と踊らないか?」

本当に毎度毎度飽きないものだ。

「ごめん、私アンタ達とは踊れない」
「やっぱ……安藤と踊るのか?」

この質問も聞き飽きた。
男子に限らず女子からも何度この話題を口にされたことか。
私がダンスの申し込みを断るのは興味がないから。多分翼もそうだろう。 ……まぁ、アイツはあぁ見えて女たらしだからいまいち理由はわかんないけど。
それなのに大抵――いや、ほとんどの人達が翼と踊るからだと勘違いしている。 私が翼と毎年ラストダンスを踊るのは、毎年その時隣にいた相手が翼で 何となく踊らないともったいない気がした……ただそれだけのこと。

「何か勘違いしてるみたいだけど翼と踊る予定もない。ってゆーか、誰とも踊る気なんてないから」
「で、でも毎年安藤と踊ってるじゃん!」
「別にアイツがその場にいたから踊ってるだけだよ。……話はそれだけ?なら私戻るから」
「み、美咲ちゃん……」

私はそう言うとまだ納得しきれていない顔をした友人達を残しその場を後にした。



「あ、いたいた。おーい、美咲ぃー!」

名前を呼ばれ振り返って見ればそこにはユーリ様こと宮園百合がいた。

「おー、ユーリ!こんなとこでどうしたー?まさか逃げてる途中?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……。美咲は今年も誰とも踊る気ないのかなぁって」
「ユーリ様が相手なら別に構わないけど?」
「美咲っ!」
「はは、冗談だよ」

冗談に困った顔をして叫ぶユーリに私は笑ってそう答えた。
彼女は『女性限定フェロモン』の持ち主で毎年たくさんの女の子達からダンスの誘いが来ているのだ。
私はユーリとよく一緒にいるからあんまりフェロモンは効かないからこんな冗談が言える。 ――まぁ、私も気を抜くと一発でやられるけど。

「もう笑えない冗談言わないでよね!」
「ごめん、ごめん」
「それより翼くん見なかった?」
「つばさ?……教室にいなかった?」
「いや、それがラストダンスの申し込みに来た子達にしつこく言い寄 られてどっか行っちゃったんだけど……。去り際、私に『美咲の所に アイツらが行かないように美咲のこと見ててくれ』って」
「ほぉー、アイツはいつから私の彼氏面出来るようになったんだ」
「でもその子達、中等部でもやばい噂いっぱいあるから私も心配なんだよね」
「そうなの?でも大丈夫だって、今のとこ翼の馬鹿な友人くらいにしか会ってないし」

心配そうな顔をしているユーリに私は笑顔をでそう答えた。
その時遠くの方から「ユーリ様ぁ!どこにいらっしゃるんですかぁ?」と甘い声が聞こえた。 それを聞いたユーリの顔が強張る。

「ごめん、美咲!私行かなきゃ。……何かあったらすぐに連絡してよー!」
「はいはい、いってらっしゃい」

慌てて逃げるように走るユーリに私は苦笑しつつ、ひらひらと手を振り彼女を見送る。

「……原田美咲さん、ですよね?」
「え?」



「……ったく、毎度毎度しつけぇつーの」

俺は北の森付近の木に登り一息付いた。
さっきまでの女達とのやり取りを思い出しただけでもぞっとする。

事の始まりは友人が美咲を呼べと言ったことだ。その顔ぶれで彼女へ の話の内容がわかってしまった俺は「自分達で呼び出せよ」と断ったが、 奴らがごたくを並べ始めるので美咲には申し訳なかったのだが、後々 面倒なことを起こされるのよりはましかと思い渋々美咲を呼んだ。案の 定アイツは嫌そうな顔をしたが俺の友人ということを気にしてか奴らの 元に向かった。俺はそんな彼女の背中をぼんやり見つめることしか出来 なかった。そんな時不意に背後から声をかけられた。後ろを振り返って 見れば中等部でもプレイガールと悪名高い女が数名ほど。その中には前 々からアプローチをかけてきている奴もいた。最初の頃は女版ルイと認 識していたが、ここまで来るとルイの方がましだ。

『安藤くんっ!』
『なに?』
『今年のラストダンスの相手ってもう決まってるの?』
『……特にいないけど』

俺がそう返すと女達は一瞬にして目を輝かせて『じゃあ私達の誰かと踊 らない?』と言ってきた。
毎回毎回本当に飽きないものだ。と俺は思わず溜息を付いてしまった。
あんなバレンタインのチョコレートと同じようなくだらない噂を信じる ことがどうして出来るのか俺には不思議で仕方がない。

『俺「ラストダンスの伝説」信じてねぇし興味もないから踊れねぇわ』
『で、でも……毎年原田さんと踊ってるよね?』

これも聞き飽きた台詞だ。
毎年俺が美咲とラストダンスを踊ってる理由――毎年その時隣にいた 相手が美咲で何となく踊らないともったいない気がした……ただそれ けのこと。アイツ――美咲は幼馴染みたいなものでこの学園で一番気 の合う奴なだけなのだから。

『アイツがその場にいたから踊ってるだけ。……話はそれだけか?なら俺用事があるから』

俺はそう言うと足早にこの場から去ろうとした。
が、まだ諦めてないのか女達は俺を引きとめようとあれやこれやと話 しかけてくる。このまま俺が逃げ切ったところで何の解決にもならな いだろうし、こいつらなら美咲の所にも行きかねない。俺は考えをめ ぐらせて近場にいたユーリに「美咲の所にアイツらが行かないように 美咲のこと見ててくれ」と言ってその場を去りこの後どうやって逃げ ようか考えをめぐらすことにした。そして今に至るわけだ。

(美咲の奴、大丈夫かな……)



「アンタ、原田美咲だよね?」
「……そうだけど、何か?」

女の子達から逃げようとしていたユーリを見送った後背後から声をか けられ、振り返って見れば翼の追っかけをしている子達が数名立って いた。今日はよく声をかけられる日だ。これも全部アイツ――翼の所 為に違いない。

「ねぇ、アンタ今年も安藤くんとラストダンス踊る気なの?」
「はぁ?」

彼女達の問いに私は怪訝な顔をした。毎回毎回同じ質問をしていて飽 きないものか、と彼女らへの愚問がふと頭の中に浮かんでしまった。 この問いを今の彼女らに投げかけても話をややこしくするだけなので 私は翼の友人達に答えたように「アイツと踊るつもりは毛頭ないんだ けど」と答える。すると、まるで自分達が彼と踊るのがさも当たり前 だと言わんばかりの笑みを浮かべて「本当に?」と聞いてきたので私 は少しだけ溜息を付いた。

「アンタ達も何か勘違いしてるみたいだけど、私元々誰とも踊る気な いんだよ。だからアイツと踊りたければ勝手にどうぞ。……まぁ、翼 が了承すればの話だけどね」
「……」

そう話すと彼女達は何故か押し黙ってしまた。しかしこれ以上彼女ら と話す義理もないので私はその場を後にすることにした。

『……何なのよ、あの女』
『絶対に許さない』



あれからどれくらい経ったのか。気が付けば俺はどうやら木の上で寝て いたらしい。幸運なことにあの鬱陶しい取り巻きもいない。俺は軽く伸 びをしてこれからどうするか考えようとした。その時赤い髪をした見知 った少女が木の下を通るの見つけた。

「おーい、美咲!」
「……は、翼?お前どこにいんの?」

彼女は俺がどこにいるのかわからずきょろきょろと辺りを見回している。 そんな姿に思わず笑みがこぼれた。しかし笑っていることが彼女に知れる と殺されかねないので俺は至って普通な調子で彼女に呼びかける。

「こっち!木の上!」
「おー、そんなとこにいたのかよ。……っと」

俺がいる場所がわかった美咲はそのまま登ってきて隣に腰掛けた。

「つーか、お前何でこんなとこにいんの?」
「あー、逃げてた」
「……あの女達か」
「あれ、知ってた?」
「さっき声かけられたから」
「あちゃぁー……」

(やっぱりアイツら美咲のとこに行ったのかよ……)
心の中で一人そうごちながら横目で美咲を見ると彼女は至って普通な 様子だ。……いや、まぁ、こいつが女に易々とやられるような奴だと は端から思っていなかったのだが。とりあえず一応心配はしていたの で何かなかったか聞いてみることにした。

「なぁ美咲。お前アイツらに何かされたか?」
「え?別に何も。……今年も翼とラストダンス踊るのか?って聞かれただけ」
「そっか。それならよかった」
「よくない!」
「えー、別に何もされてないんだろ?」
「それとこれとじゃ話が違う。……本当にお前といると昔からろくな事がない」
「あのね、美咲さん。それはちょっとひどいんじゃない?」
「だって事実だろ?」
「あのなぁ……」

しれっとそんなことを言う美咲に俺は何も言い返せずにがくっとうなだれ溜息を一つ付く。

「……私達ってそんな恋人同士に見えるんかな」
「ん?何か言った?」
「や、何もない。……そろそろ交代の時間だし行くか!」
「あ、あぁ」

そうやって木から降りて「つばさぁー、何やってんの?早くしないと おいてくよー!」と笑う美咲に俺は不覚にも一瞬胸が高鳴った。

「おーい、待てよ。美咲!」
「翼が遅いだけなのに何で私が待たなきゃなんねぇんだよ!」

アイツ――美咲は幼馴染みたいなものでこの学園で一番気の合う奴。
ただそれだけじゃなくなったのはいつからだったろうか……。
告白日和

'09/01修正