さぁ、困った。一体私にどうしろって言うのよ?
教室に忘れ物なんてしなければよかった。
部活を終えて帰ろうとした時、私は教室に明日提出の課題に必要な大事な資料を忘れたことに気付き重たい足取りで自分の教室へと向かった。


あぁ、私は本当に馬鹿だ。
資料さえ教室に忘れてなかったら……。


私は教室の前まで来て足を止める。――いや、止めざるを得なかった、中から聞こえる男女の声に。片方はこの学校で五本の指に入ると言われている美女でありプレイガールと悪名高い、。そしてもう片方の声は聞き慣れてた私の彼氏――仁王雅治のものだった。
別に彼らを無視して資料を取って帰ればいい話なのに、私には何故かそれが出来なかった。彼氏の浮気現場を目撃(いや、正確には会話を聞いてるだけなのだが)して平然としていられるほど私は寛容じゃないけれど、でもその場から動けない。


困ったなぁ……。あの資料ないと課題終わらないのになぁ。
んー、最悪の場合柳生かに写させてもらう――いや、あの二人が貸してくれるわけない。「ちゃんと自分でやりなさい」と言われるのがオチだわ。……ブン太がこの課題やってるわけがないしな。
はぁ……ややこしいことになったわ。



『ねぇ……に悪いわ』
『今更そげんこと気にするような奴じゃったかのう……お前さんは』
『だけど……』
『否定せんのじゃな。ククッ』
『する必要があったかしら?……ただのへの同情よ……んっ』

私がどうしようかと悩んでいる間にそんな会話が聞こえた。

“ただのへの同情よ”

馬鹿言わないで。
同情なんてれる筋合いないわよ。……なんて強がりかしら?

……?」
「え?……あ、ブン太」

名前を呼ばれ振り向いた先には同じクラスの丸井ブン太がいた。

「お前こんな時間にどうしたんだよ?」
「……明日提出の課題に必要な資料、教室に忘れてさぁ」
「あー、あれまだやってねぇなぁ。……つーか、教室入ればいいだろぃ?そこに立ってないで」

そう言う彼にに「やっぱり課題やってなかったんだ」と思いつつ、首を横に振る。私の行動に彼は疑問を持ったようで首を傾げる。が、その後すぐ聞こえた声に状況を察して苦笑を浮かべた。

「……アイツいたのかよ」
「うん。……さすがに入りにくいでしょ?」
「だな」

そうブン太が答えるとしばらくの間二人の間に沈黙が流れる。
でもその間に教室の中では着々と事が進んでいる。確実に聞こえる彼らの声に私の心はグッと圧迫されているかのように苦しかった。

「……なぁ、アイツに言わねぇの?」
「え……?」

沈黙を破るようにブン太はゆっくり私にそう問いかけてくる。私は目を見開いて彼を見た。

「浮気なんてしないで、私だけ見てよ。……とか、言わねぇの?」
「言えないよ、そんなこと。……そんな我儘言えるわけ、ないよ」
「それくらいのこと我儘じゃねぇだろ。アイツだて本当はにそう言って欲しいのかもしれねぇだろぃ?」
「……雅治の浮気癖は昔からじゃない。それを知った上で付き合ってるんだもん」
……」

そう言い俯いた私の視界は次第にぼやけていく。そして溢れ出した雫が制服を濡らす。




俺の目の前にいるのは本気で好きだと、愛しいと思った人。
だけどその子が思っているのは俺じゃなくてすぐそこの教室に居る俺の悪友。でもアイツが思っているのは教室に一緒に居るあの子。
俺は全部知ってる。でもそれを彼女に話せるわけもなくて……。ただただ俺は目の前でアイツを思って泣く彼女の頭に手を置きそっと撫でる。それくらいしかしてやれない自分が情けない。

「……ねぇ、ブン太。……っ、私はさ、雅治の単なる浮気相手……だったのかな?」
「バカ。……んなわけねぇよ」
「……っう、く……」

そうやって泣く彼女に俺はどうしてやることも出来ない。

、泣くなって。……お前には泣き顔より笑顔の方が似合うんだから笑っててくれよ」
「ブン太……。ありがと」

はそう言うと顔を上げ、くしゃっと歪んだような顔で笑う。
その時――「?……あぁ、丸井も居ったんか」と教室から俺の悪友、仁王雅治が出てきた。

「っ!……まさ、はる」

いきなり出てきた仁王にの体が一瞬強張る。

「仁王、お前もう帰んのか?」
「おーそのつもりじゃ。……あぁ、。一緒に帰らんか?」

仁王がそう彼女に問うと奴の後ろからが出てきた。彼女はを見ると「雅治、私先に帰るね。……また相手してねー」と言って俺達の前から去って行った。

「で、。どうするんじゃ?」
「え……あ、帰る!」

仁王の問いかけには慌てたかのように教室へ行き、資料を取ってまた戻って来る。それを見た仁王はに手を差し伸べる。その手を彼女は握った。

「帰るか。……丸井、明日借りとった漫画返すな」
「あ、あぁ。じゃあ、気を付けて帰れよ!」

俺がそう言うと仁王とは階段の方へと向かった。俺はそれを見届けるとアイツらとは逆の方へ歩き出す。



俺はが好きで、は仁王が好きで、仁王はが好きで……。
そんな連鎖はまだ続いていく。
ことばにもならない

'09/03