卒業式を控えて自由登校になった三月中旬。滅多なことがない限り連絡を寄越さない彼氏から「夕方、駅前のスタバおってください。部活終わったら行くんで」と何とも簡素なメッセージを受けたのは午前八時。一つ学年が下の光は授業、出席日数の足りている私は休み。それを見越してのメッセージなのだろうけど、相変わらず素っ気ない。まぁ、それも光らしいか、とその日の予定を決めた。
律儀に指定された有名チェーンカフェで待つこと十分。学ランにラケットバッグを肩にかけた部活帰りの光が姿を見せた。先日までの寒さが嘘のように暖かい今日、彼のその手にはお気に入りだという抹茶のフラペチーノが握られていた。席に着くなり、挨拶もそこそこに彼は四角い小箱を私の前に差し出した。
「なん、これ」
「なにって先月の"お返し"ですやん」
「……いやいや!『期待せんでください』って言うたん光やん」
テニス部連中に配った義理とは別に彼氏用として手作りのチョコケーキを光に渡したのは丁度一ヶ月前。
「ああ、ありがとうございます。……素直に嬉しいですわ」と相変わらず感情の起伏に乏しい顔で言った彼。翌日には律儀に「あれ、手作りやったんですね。凝った作りでびっくりしました。……美味しかったっすわ」と教室にやってきて言った。隣にいた謙也に「お返しは〈倍返し〉が鉄則やで」と茶々を入れたのが気に食わんかったのか「いや、そないに期待されても困ります」と苦々しく吐き、教室を出て行ったのは割と記憶に新しい。
それなのにこれはどういうことだ。水色の包装紙に白いリボンのかけられた小箱と光の顔を見比べていると「……なぁ、開けてくれへんの?」という小さな光の声がした。その声と表情に慌てて包みを開けると、手触りのいい白い箱。その中には、赤いストーンが輝くドロップ型で小ぶりなピアスがちょこんと収まっていた。シンプルで大人っぽいピアスだと思っていたが値段がかわいくなくて断念していたそれがまさか〈お返し〉として手元にあることに驚きが隠せない。
「これ……」
「前にちらっと欲しい言うてたやないですか、そのピアス」
「……覚えとったん?」
「そりゃまぁ、」
「手作りチョコのお返しにしては豪華すぎひん……?」
決してうまく作れたと言い切れないチョコのお返しには不釣り合いなお返しに困惑する私を余所に光はおもむろに箱からピアスを手に取った。長い髪を耳にかけ、何もついていないピアスホールにそれを通す。キャッチを填め終わると満足そうに私を見て笑った。
「やっぱサンには〈赤〉が似合うわ」
「……光、ありがと」
「ちょっと早いですけど、卒業おめでとうございます。……卒業してもそのピアスがある限り、アンタは俺のもんなんで忘れんとってくださいね」
ピアスに填め込まれた〈赤い石〉が意味するところを知り、顔が熱くなった。
そんな私を横目に抹茶フラペチーノすする光はやはり満足そうに口の端を上げていたのだった。
君の門出に
'18/03/15