世の中、〈タイミング〉って大事。

「謙也」
「おー、遅かったな」

夕暮れ時の昇降口に見慣れた顔が靴箱にもたれかかっていた。そっと名前を呼べば、その特徴的な金髪が揺れる。夕陽に照らされたその髪がきらきら眩しくて目を細めた。ほんと黙ってたらイケメンだ、なんてちょっと毒づいてみる。

「ごめん、ちょっと白石としゃべっててん」
「あいつこんな時間までおったんか」
「相変わらずおモテのようやったからなぁー」
「あいつ何であんなモテるんやろなぁー」
「変な口癖と健康ヲタクだってところ抜けば完璧だからちゃう?」
「せやなぁー。俺、あいつに勝てるとこなんてないわぁー」

そうケラケラ笑う謙也に"スピード馬鹿"なところは勝ってるやろ、と心の中で返した。
しゃべり上手な謙也と他愛もない話で盛り上がる帰路は相変わらず楽しくて好き。白石とさっきまで甘酸っぱい話をしていたことも忘れるくらい。横で何も知らず「ほんでそん時、財前がな〜」なんて笑いながら話す謙也に少し胸が痛む。そんなうちに気付いたのか気付いていないのか、ふと思い出したかのように謙也が話を変えてきた。


「んー?」
「明日、服買いに行くん付き合ってくれへんか?」
「ええよ。服やったら天王寺か梅田やんね?」
「HEP行きたいから梅田待ち合わせな」
「りょーかい」

お互いにスマホを見てあれが欲しい、これが欲しいなんて話をしながら歩けばあっという間にいつもの交差点にたどり着いた。「ほな、明日な」と頭をポンと叩いてひらひらと手を振る謙也に柄にもなく胸が高鳴る。



次の日、約束通り謙也の服を買いに梅田へ出かけた。色んなショップを見て回り、お互い気に入った服を買い、噂のカフェに入って、ご飯を食べ、その場のノリで観覧車に乗った。鮮やかなネオンに彩られた街の喧騒が遠くなる。ゴンドラが上がり出したときはテンション高かかった目の前の彼も頂上に着く頃にはどこか難しい顔をして窓の外を眺めていた――黙ってるなんて、らしくないやん。その横顔に居た堪れなくなって、きらきらした都会の街を見下ろしていると「……なぁ、」と低い声がした。

「昨日、白石と何話してたん?」

遠くを眺めたままの彼の問いにどきり、とした。

「なにって、ただの世間話やで?」
「ふ〜ん?」
「……もう、なんなん」

釈然としない謙也の態度に顔を顰めていると、不意にゴンドラが揺れて目の前に影が落ちた。それが謙也だと気付いたときにはドン、という鈍い音がして唇が重なった。ほんの一瞬だけ触れたそのやわらかな感触になんだか泣きたくなった。彼はスッと体を離して、いすに座るといつもと同じトーンで話始めた。

「ここの観覧車、カップルで乗ったら〈別れる〉っていうジンクスあるやん」
「……うん」

意図がわからず、小さく頷く。

「でもな、観覧車で〈キスしたカップル〉は別れへんねんて」

その言葉に自分の耳を疑った。この男はすべてわかった上で〈観覧車〉に乗ったのだと気付かされた。あの男が謙也に話すわけがない――見透かされていたのだ、何もかも。「せやから、俺達は大丈夫やな」なんて笑う彼の顔にまた泣きたくなった。

「謙也」
「んー?」
「好きやで」
「おー、俺ものこと好きやで」

もうすぐ観覧車が一周する。その前にもう一度、触れるだけのキスをした。
アンバランスド・ラヴ

'16/02