「あれ、珍しいやん」
「……か」

ふと立ち寄った教室に見知った顔の先客がいたので声をかけてみる。声に反応して振り返った彼の顔は何とも言えない表情を浮かべていた。 彼のこんな顔は決して珍しいわけではないから理由なんてすぐわかる。でも知らない振りをして、白石が座ってる席の前の椅子に腰掛ける。

「白石がこんな時間まで教室居るなんて珍しいこともあるもんやなー」
「野暮用、や」

何で誤魔化そうとするんかな、この男は。バレバレなん自覚してるはずやろうに。……まぁ、ええけど。

「相変わらずおモテになることで。……どっかの誰かさんとは大違いやわ」

茶化すような言葉を投げかければ、眉を寄せて溜息を零す。その姿さえ様になってしまうのだから本当に罪な男やわ、なんて思いながら彼の顔を見る。
次に来る台詞も大体予想がつくから大して問題はない、多分どっかの誰かさんの心配するんやろう。伊達にクラスメイトをやっているわけではない。何だかんだ言ってお互いのことをよく知っている。

「自分、それ謙也の前で言うなや」

ほら、予想通り。
何でこの男はこんなにも心配性というか世話焼きというのか……。クラスメイトで部活仲間で親友なんはわかんねんけど、そこまで心配するか。

「言わんて、うちそこまでドSとちゃうから」

自分にサディスティックな一面があるのは自覚してるし、今更それをどうこうするつもりなど毛頭ない。むしろそれを売りにして今の今まで過ごして来たのだからやめたら友人や先生にまでどうしたのか、と聞かれる羽目になるのは目に見える。
しかしその一挙一動に彼氏である男が一々へこむんも知っているから、さっきのような台詞は本人の前では思っても口に出さんことにしている。そもそもアイツをへこまして厄介事に巻き込まれるような趣味は端から持ち合わせてなどいない。
そんなことを考えながら肩を竦めつつ、薄く苦笑いを浮かべて答えれば、さっきと変わらない表情で白石が小さく溜息を付く。
……そんな心配せんでもええやんか。うち、そこまで信用されてないん?
何か色々突っ込みたいことがあったが、少しだけ眉を顰めて彼を見た。そんな私の様子を知ってか知らずか、白石は少し間を置いてから言葉を発する。

「せやかてなぁ、アイツへこますんは大抵か財前なんやで?」

その言葉に彼らの横によく居る、無愛想な後輩を思い出す。
部長である白石やダブルスの相方である謙也が居る所為か、彼は高頻度で教室にやって来る。その第一声は大体、何とも可愛くない生意気な台詞だ。彼の口にする言葉の7割がその類だから気に留めることではないんやけど。
そもそも謙也がへこむ原因は8割方、あの無愛想で可愛げのない後輩――財前光にある。他2割はうちやテニス部のメンバーやクラスメイト。
ちょお、待て。うち、そんなわるないやん。というか、アンタらかてうちと変わらんようなことよう言うとるやんか。
今言うたら余計ややこしくなるのでそう心の中で突っ込んだ。あぁ、めんどい。
ある程度間を置いてからボソッと呟く。

「……アンタの後輩教育が間違ってるんちゃう?」
「自分のこと棚に上げよって」

棚に上げてるんは自分やろ。
この男と居ると突っ込む回数が増えてめんどくさい、至極めんどくさい。でも突っ込んでしまうのは性分なので仕方ない。こういうとこ似てるんよなぁ……アイツと。
ゴンタクレの後輩を牽制する為に毒手と称してる包帯を巻いた左腕で頬杖をつくその姿を恨めしく思いながら深い溜息を付く。

「そもそも原因はな、謙也がヘタレすぎるってことやん?」
「言った側から……」
「ほんまのことやろ?……あー、何でうちアイツと付き合ってるんやろなぁ」

歯に衣着せぬ物言いのうちに白石は呆れ顔を浮かべる。だって、しゃーないやん。アイツがヘタレなんは事実やねんから。ほんま何で付き合ってるんか、何でここまで続いてるんか自分でもようわからへん。
そんなことを思いながら机に突っ伏して白石の方を見れば、厳しい顔持ちでこちらを見ている。何でこいつ、こんなにも他人のことでこんな厳しい顔出来るん?

「アイツがヘタレなのは否定せんけどな。最後のはちゃうやろ、

白石の厳しい一言が飛ぶ。
わかってる。自分でも今のは失言やったわ、って思った。白石相手にその類の言葉がアカンって理解しているから。これがあの生意気な後輩、財前相手やったらそんなこと思わん。
アイツやったら「うわー謙也くん可哀想。先輩ひどいっすわー」なんて心にもない台詞を携帯をいじりながら棒読みで言うやろうな。何やかんや言うてうちと財前は相通じるところがあるから。
白石のお咎めに思わず口を八の字にして彼を見上げる。ささやかな抵抗として小さめに「……わかってるわ、そんなこと」と呟く。 その声に反応したのか、彼の顔付きがさっきまでの厳しいものと打って変わり、いつもの優しい笑みになっていた。

「……それならええ」
「白石ってほんまオカン気質やな」

呆れ混じり返せば「おおきに」と満面の笑みで受け取られる。
いや、うち褒めてへん。全くもって褒めてへんで、白石。
こいつ天然なんか狙ってるんかわからんボケを平気で口にするから相手にしづらい。こういうとこと意味わからん破廉恥な口癖を言うとこ健康マニアだというところを除けば、ホンマにええ男やと思うんやけどなぁ。何か勿体無いわ。
はぁ、と浅く溜息を付いて身体を起こす。

「顔も綺麗やし、何やらせても無駄なくこなすし。アンタほんまに同じ人間なん?」

まじまじと白石の顔を見つつ、以前から気になっていたことをぶつけてみる。そうすれば思いっきり嫌そうな顔を向けられた。

「お前も大概失礼な奴やな、。……って、顔綺麗って何やねん」
「めっちゃ素直な感想やん。これでも褒めとるんよー?ありがたく受け取っとき」

"も"、ってアンタんとこの後輩よりはマシや思いますけどー。そう心の中で反論する。
でも容赦なく言うてる自覚はあるんよなぁ。
けらけら笑いながら言葉を並べる。笑顔のうちに不機嫌そうな白石。さっきから正反対の顔ばっか浮かべとるなぁ……うちら。

「あんま嬉しないわ」

不機嫌なんが丸分かりな表情と共に言葉を発する白石。
笑顔や困り顔はよう見るけど怒ったり不機嫌な顔をしてる彼を見ることは滅多にない。
今日はやたら珍しいもん見れる日やなぁ……。

「ええやん、ええやん。……んー、やっぱり白石と付き合えばよかったなぁ」

白石の言葉を適当に流しながら伸びをする。それからふと、思い立ったように口を開く。すると、怪訝そうな顔がこちらに向く。

「……何や、突然」
「白石やったらリードとか上手そうやん?一回は付き合うておきたい男やな、と」

思ったことをそのまんま口にすれば白石は口元に手を当てて何かを考えているような表情を作った。
それから少ししてからにやり、と効果音が付きそうな笑みと共に口を開く。

「まぁ、否定はせんな。……何やったら付き合うてみるか、

否定せんのかい、と思わず突っ込みそうになったが堪える。あぁ、本当に慣れてる男は違うわ、と変に感心しながら次に繋ぐ言葉を探す。
頬杖を付いた体制でいつもの如くにこやかにしてる白石に自然と口角が上がる。

「んー。……二番目、且つ期間限定のお付き合い、やったらええよ」

少し間を置いてからそう答えれば、彼は面食らったような表情でこちらを見た。
そんな驚くことでもない思うけどな……。

「アホ、冗談や」
「あら、残念。……白石やったら謙也にバレないように付き合える思うてたんやけど」

真面目な顔でうちのことを窘める彼に茶化すように言葉をかけた。
謙也は勘は鋭いなぁ、思うことはあるけど単純やし、白石は真顔でとんでもない嘘を付く人間やし。ポーカーフェイスが売りのうちは何食わぬ顔で謙也と白石と付き合うことは可能や。
彼同様に頬杖を付き、口元に笑みを浮かべて彼の方を見れば困ったような目と視線がぶつかった。そしてゆっくりと口を開く。

「そら、出来んことはないで。せやけど、」
「……せやけど?」

一旦、そこで言葉を切った白石に続きを促すように彼の台詞を繰り返すと、一層真剣な眼差しがこちらを向く。
その表情にあぁ、この人やっぱり綺麗な顔しとるわぁ、なんてその場に似つかわしくないことを思う。
しばし間を置いてから力強く、きっぱりと白石はこう告げた。

「パーフェクトやない」
「白石らいしいわ」

何とも彼らしい言葉に呆れ混じりで口元を緩める。
ふと時計を見やると長針が謙也との約束の時間に迫っていた。極度に待つことを嫌う彼だから、ここで油を売っているのは賢明ではない。

「あー……そろそろ謙也来る時間やわ」
「ほんまやな。はよ、行きぃ」
「うん。……なぁ、白石」

白石の言葉に腰を上げ、今座っている席よりも前にある自分の席まで行ってから荷物をまとめる。
その途中で後ろの彼を振り返らずに彼の名前を呼んだ。

「何や、
「うちな、謙也と付き合うまでは白石のこと本気やってんで?」

落ち着いた声色の彼に振り返りもせず、淡々と言葉を続けた。その間も手は帰り支度をしたまま。
少しだけ間を取ってから「……知っとる」と一言だけ白石は返してきた。彼の表情は見えないけど、きっと想像通りの顔をしているはずや。 まとめ終えた荷物を片手に教室の出入り口まで歩いてから彼の方へ振り返り、「ふふ……じゃあ、また明日!」と言って教室を後にする。

「……俺もお前らが付き合うまではのこと本気やったわ」

白石がそう小さく呟いたのをうちは廊下で聞いていた。
ありがとうな、白石。それから、……これは言わない約束やな。
アンバランス・タイミング

'10/01