暖かい日差しが気持ち良く降り注ぎ、頬を撫でる風もつい十数日までとは打って変わりやわらかくなっている。
もう新しい季節の始まりだ、と言わんばかりに。
午前中で切り上げられた部活の帰り道、いつものように彼と並んで歩いていると目の端にふと霊柩車らしき物が映る。
確かめる為に目をやれば葬儀場から出て行く途中の霊柩車が一台はっきりと視界に映り込む。
そういえば最近よく喪服姿の人々、お通夜や葬儀を知らせる看板を見る。

「最近多いね」

気が付けば私は呟くように彼にそう言っていた。
こういうことは普段からあるからなのか単に面倒なだけなのか彼は視線も寄越さず淡々とした口調で「あぁ、そうじゃな」と答えてくる。

「やっぱり季節の変わり目は体調崩すもんねー」
「お前さんも季節の変わり目にはよう風邪引いちょるしな」
「仕方ないじゃない、気温差に体が追いつかないのよ」
「体力がなさすぎるんじゃなか?」
「そりゃ毎日のようにテニスしてるアンタよりは体力ないけど同学年女子と比べたらある方よ?」
「うちのマネージャーは人数少ないから一人の仕事量が多くなっちょるからな」
「誰かさん達のおかげでね」
「何のことかのう」
「さぁ?何のことでしょうね」

こんな皮肉なんて詐欺師と云われている彼に言っても仕方のないことだとわかっているのだけれどつい言ってしまいたくなる。
彼らの人気は今に始まったことじゃない。殊にこの男とは長い付き合いだ、昔から行くとこ行くとこで騒がれているのを私は知ってる。
それが幼心に何となく面白くなく感じたことは負けたような気がするから今でも認めない。

「そういえば雅治も季節の変わり目にはよく体調崩してたよね」
「それはいつの話じゃ?」
「んー、小さい頃?」
「あぁ……確かに昔はよう風邪引いちょったな」
「あの頃の雅治は可愛かったのになぁー」
「どういう意味じゃ、それは」
「泣き虫で可愛かったのに……今じゃ全然可愛げのない詐欺師なんかになっちゃって」
「……未だに覚えちょるんか、そげんこと」
「覚えてるわよー。昔は『ちゃん』とか言って私の後ろ歩いてたのにー」
「それはお前さんの方じゃろ、。しょっちゅう近所の男達にいじられて泣いては俺に引っ付いちょったなぁ」
「人の過去を捏造しないでよ」
「俺は事実を語っとうだけじゃ。それがどうしたら捏造になるんか不思議じゃのう」
「アンタって本当に嫌な奴ね」
「それは光栄じゃ」
「褒めてないわよ!」

顰めっ面の私にいつも通りの意地悪な笑みを浮かべ喉を鳴らして笑う彼。
変わらないやり取りがどこか心地良い。言い合う内容が年相応でない辺りが少し悲しいのだけれど。
幼い頃から当たり前のように隣にはいつも彼がいた。
これから先もずっとずっと隣にいてくれるのではないかと、そんな幻想を抱いてしまう程に。
いつかはきっと隣にいられなくなる日が来るとわかっていても。
お互いの家まであと一つ角を曲がるだけという所で彼が不意に言葉を発した。

「のう、
「なぁに?」
「もし俺がより先に死んだとして。そしたらお前さんは泣いてくれるんかのう?」

普段彼から話題を振ってくることはあまりない。だから少し驚いた。数秒ほど考えて私は彼に答える。

「雅治が私より先に死ぬなんてありえなさそうな話だけど。……そうね、その時は葬儀に参列する誰よりも泣いてあげるわ」
「そうか。なら、俺は幸せもんってことじゃな」
「……何で?」
「それは秘密じゃ」
「ちょっとそれはひどいんじゃない?」
「おっと、家に着いてもうたな」
「あ、ちょっと!」
「お前さんが自分で答えを見つけるまでは俺の口から教えてやることは出来ん」

そう言って彼は静かに自分の唇で私の口を塞ぐ。それは一秒も触れ合わずに離れる。

「明日、試合に遅れるんじゃなかよ?」
「遅れませんよー!……って、雅治待ちなさいよ!」

からかうような口調の彼に抗議の言葉をかけたが時既に遅し。彼はさっさと玄関の鍵を開けて家の中へと入っていた。
そんな光景に、『仁王』『』と並んだ表札に一つ溜息を付く。

「ほんとにずるい人よねー。……心配しなくても私は死ぬまで雅治の隣にいるよ」

見上げた空に桃色の雪が舞っていた。
咲くある日の葬列
'09/03
『王子様とゆめみましょ?』寄稿