少し早めのゼミの忘年会だと言っていたがこの部屋にやって来たのはまだ早い時間だった。2軒目に行くか行かないかで流れ解散になったとかならなかったとか。「お店から仁王の部屋近かったし、何だか飲み足りないし、この前借りた漫画の続き読ませて」とビニール袋を手に訪ねてきた彼女を招き入れ、お互いの大学の話、先の飲み会の話……他愛もない会話に花を咲かせた。ひとしきり缶とつまみを空け切ると手持ち無沙汰になったは本棚に並んだ漫画を取り、その傍らにあるベッドへごろりと寝転んだ。我が物顔でベッドを占領する彼女に苦笑を浮かべながらまだ終電の時間には十分間に合うかとそのまま何も言わず、自分も手近にあったテニス雑誌を手繰り寄せた。
それからどれくらい時間が経っただろうか、ふとスマホで時間を確認するとなかなかいい時間だった。
「お前さん、そろそろ帰らんといけん」
「んー……今いいとこだからあとちょっとだけ」
心配を他所に彼女は手元に夢中のようだ。仕方ないと溜息を一つ付いて終電に間に合うようにアラームをセットするとまた雑誌に目を落とした。
「、そろそろ終電なくなるぜよ」
「ほんとあとちょっとだから待って」
「……、」
「んー……」
ついに生返事だけになったことに危機感を覚え、雑誌を閉じてベッドを占領する彼女の肩を揺するとほぼ同時にセットしてあったアラームが静かな部屋に響く。
「ほれ、はよせんと終電間に合わんけぇのう」
「あー……う、ん……」
酔いからくる眠気か次第に歯切れが悪くなっていく。はぁ、と何度目かわからない溜息を溢してからベッドの上に上着を投げる。はもぞもぞと起き上がり、上着を受け取ると手元にあるスマホを確認すると、とろんとした表情で口を開いた。
「おたんじょうび、おめでとう、におう」
「……なんじゃ、いきなり」
「ほら、日付変わってる。12月4日になったよ」
虚を突かれた俺を他所には12月4日――即ち俺の誕生日を知らせたのだった。日付が変わるその瞬間に好いた女に祝われるのは嬉しいが、何しろ彼女を終電で帰すという目的を忘れてはいけなかった。
「お前さん、今日その為だけに来たんか?」
「飲み会のお店が近かったのも解散が早かったのも偶然だけど、日付が変わる前には来ようと思ってたよ。……だって、一番に祝いたいじゃない」
心なしか赤くなった頬が可愛いと思った。しかしこのままでは終電を逃した彼女を此処に引き止めて、なし崩しでそういう雰囲気になりかねないと脳が警鐘を鳴らす。そろそろ家を出ないと終電に間に合わないと考え、まだベッドの上でとろとろと睡魔に引きずられているに上着を羽織らせてベッドの傍に立たせる。すると、彼女には珍しくギュッと抱きついてきたのだった。
「今日は出血大サービスじゃのう」
「うん。……誕生日だから、」
「ん?」
「仁王へのプレゼント色々考えたんだけど、どれもいまいちピンとこなくて……だからね、私をあげる」
「……」
「そこで黙られると結構つらいんだけど……」
自分自身も酔いが回りふわふわした頭で必死に思考した結果「どういうつもりか知らんが、『プレゼントは私』の意味わかっちょるんか?」と返すのが精一杯だった。
「……大丈夫、わかってるよ。だからわざと終電逃そうと思ってたから」
「はぁ……人の気も知らんと」
「仁王とならいいかな、って」
「どうなっても知らんぜよ」
そう言って今しがたプレゼントされた彼女の唇を奪い、その身をまた白いシーツの上に置いた。
「……ん、におう」
「なんじゃ」
「生まれてきてくれてありがとう、好きになってくれてありがとう」
「それはこっちの台詞じゃ。、ありがとさん」
熟れた林檎のように赤く染めた頬に、瞼に、鼻に、額に、耳に……慈しむように唇を落とすと擽ったそうに身を捩る彼女がどうにも愛しかった。
12月4日は始まったばかりだ、思う存分味わせてもらおうかのう。
あいらぶゆーと指先でなぞるよ
'17/12/04
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創作お題bot@理想幻論