『――卒業生代表、幸村精市』

凛とした声が講堂を静かに震わせた。厳粛な雰囲気に紛れて聞こえる誰かがすすり泣く声、マイクから発せられる微細な電子音、靴が床に触れる音。彼の台詞を頭の中で繰り返せば走馬灯のように記憶が駆け巡る。ブラスバンドの奏でるメロディを背中に講堂を後にしようとした時"卒業"という二文字が現実味を帯びた。


っ!』

最後のホームルームを終え、ひとしきり友人達との写真を撮ると同期や後輩の待つ場所へ向かおうと足を踏み出した途端、呼び止められる。振り返れば同じクラスの友人が二人いた。

「どうしたの?」
「今日のクラス会、テニ部にかまけて忘れんなよー?」
「ばーか、ちゃんと行くって」
「それならいいけど。じゃあ、夕方に駅前ね!」
「了解」
『じゃあ、あとでねー』

そう二人は笑ってその場を後にする。数秒後、一人が「あっ!」と声を発したのでびっくりして「、なに?」と問いかければ、彼女はこちらへ振り返り、「仁王くんと丸井くんちゃんと連れてきてよー!」と一言。……まったく、そんなことかと溜息を付いて「わかってるよ」と答え、その場を後にする。そして最初の目的を果たそうと足早に三年間通い続けた校舎からテニスコートを目指す。広い敷地内を歩いてると、ふと制服のポケットに入れてあった携帯が震えた。ディスプレイに表示される名前を横目でちらり、と確認しながら通話ボタンを押す。


「……何よ、」
『お前さん今どこ居る?』
「中庭手前くらい、だけど」
『部室行く前か』
「そうよ」
『中庭よりの校舎の屋上に居るけぇ、三分以内に来んしゃい』
「はぁ?!」
『三分以内に来れたらええモンやるきに。……来れなかったらの隠しとる"秘密"全部バラしてしまおうかのう』
「あーー!!!それはだめっ!絶対だめ!!!」
『されとうないんじゃったら今から屋上な』
「っ、わかったわよ!行けば行けばいいんでしょ?!」
『ククッ。待っとるぜよ』
「覚えてなさいよ、仁王!」

喉を鳴らし笑う仁王にそう言い放って電話を切る。踵を返し全力疾走。
こんな晴れの日に"あんなこと"バラされるなんて堪ったもんじゃない。スカートの裾が上がってくるのも構わず、階段を駆け上がり、目前に迫る鉄の扉を思いっきり開いた。一気に広がる蒼にくらり、と視界が揺れる。その先に見える憎たらしい銀色へ距離を詰める。気配に気付いたのか、こっちに意味深な顔を向けている彼が心から憎たらしいと思った。

「……2分59秒。バラされんでよかったのう」
「、はぁ……横暴」
「酷い云われようじゃ」
「本当のことじゃない」

必死に息を整える私の横で仁王は心外だ、と言わんばかりの顔。しかしそれも一瞬だけ。意味深なニヤリ顔で乱れた私の前髪を払う。

「……で。屋上に呼び出してどうしたの?」
「いや。なんもなかよ」
「……はぁ?」
「こっからが歩きよるんが見えたから呼んだだけじゃ」
「私の時間返してよ」
「プリッ」

しれっと悪びれもしない態度に溜息一つだけで許せてしまうのも三年間の積み重ね。それも今日で終わってしまうのかと思うと急に寂しくなる。何だかんだ私の三年間はテニス部中心に回っていた。
仁王の隣でフェンスにもたれかかり天を仰いだ。

「何か三年間あっという間だったねー」
「……そうじゃな。楽しかったか?」
「どっかの誰かさん達に男テニのマネにされた時はどうなることかと思ったけど。……でも真剣なみんなと出会えてよかったよ。みんなと全国行けて本当に楽しかった」
「それ聞いて安心したぜよ」
「え?」
「おっと、そろそろ三強と赤也の試合が終わる頃じゃな」
「嘘っ?!見に行こうと思ってたのにー!仁王の所為だからね!」
「そう怒りなさんな。きっとええモンが見れるぜよ」
「もうっ!」

そう言ってフェンスから離れた仁王を追うように私も屋上を後にする。扉が閉まる間際に遠くの方でゲームセットのコールが聞こえた気がした。


最初の目的であった部室の扉を開けると、真っ先に生意気な後輩がこっち目がけてやってくる。

先輩ー」
「赤也、何その顔!おもしろすぎる!」
「ちょっ、ひどくないっすか?!」
「本当のことだぜ、赤也!」
「丸井先輩までー!!」

くしゃくしゃな顔で泣きじゃくる赤也。経緯はわからないが、その顔が面白すぎて丸井や仁王と思わず笑ってしまった。そうすれば例の如くぎゃいぎゃい騒ぐ赤也。この感覚が当たり前だった。

「ふふ。最後の最後まで俺に負けたのが悔しいんだよね、赤也」
「……っ」
「え、じゃあ真田と柳には……」
「勝った」
「本当に……?」
「あぁ。残念なことに負けってしまった」
「うむ」

確かに真田と柳は少し残念な表情をしていたが、それ以上に後輩の成長を喜んでいた。それこそ全員声には出していないけれど、みんな赤也の成長っぷりを喜んでいた。

「ほんと三年間あっという間だったぜー」
「みなさんと過ごせて楽しかったですよ」
「色々あったが、それもいい思い出だな」
「悪戯のし甲斐のある奴らで楽しかったぜよ」
「思い出に浸るのも悪くないな」
「三年間で全員分のデータも集まったな」
「ふふ。俺も楽しかったよ。……赤也、後は頼んだよ」

「……絶対アンタら追い越してみせるッス!」

こうして常勝を謳った立海大付属中学校男子テニス部の三年生は卒業し、後輩に後を託した。


「ねぇ、仁王」
「何じゃ」
「アンタ私の秘密どこまで知ってるの……?」

送別会の帰路、電話口で言われた仁王の言葉が気になり彼に聞いてみた。

「あー嘘じゃ。の秘密なんて何も知らん」
「へ?」
「そういえばお前さん結構慌てとったのう……。バラされたくない秘密でもあるんか?」
「ない!そんなのないってば!」

慌てて訂正するがニヤリ顔の仁王は誘導尋問をやめない。
このやり取りがずっと続けばいいのになんて思った。
「またね」全員が、笑顔だった
'12/03