「誰かに詐欺をかけるのと、おまんがかけられるのと、どっちがええか選びんしゃい」

太陽の光はだいぶ春めいてきたとはいえ、ひなたぼっこにはまだ早い三月半ばの屋上。唐突に呼び出されたと思ったらこの台詞だ。訝し気に眉を顰めるのだって致し方ない。そんな私を余所に仁王は「最高の詐欺をプレゼントしてやるぜよ」なんていけしゃあしゃあと言うので、唇もへの字に曲がっていく。

「……ちなみに、それ拒否権は?」
「チョコのお返しなんじゃから、あるわけなかろ」
「ですよねー……。じゃあ、私が〈かけられる〉方で」

至極当然の顔をする仁王に、聞いた私が馬鹿だったと肩を落として溜息を一つつく。そして仕方なしに返事をすれば、くすりと笑って仁王が「……おまん、物好きな奴じゃな」と言った。

「あのねぇ……仁王。アンタが!どっちか選べって言ったんでしょう!」

信じられない!と憤慨する私を仁王が、まぁまぁと軽くいなす。それも気に入らなくて、ぺちっとその手を払った。

「まぁ、ええ。……ほれ、目を閉じんしゃい」

不服ではあるが、仁王の低い声に命じられるまま目を瞑る。冬の気配を残した風がスカートから伸びた素足の間を吹き抜けた。

「いくぜよ。……ワン、ツー、プリッ」

おかしなカウントダウンのあと、少し冷えた〈何か〉が唇に触れた――。
その感触に驚いて目を開けると、仁王の後ろ姿が見えた。

「そうやって簡単に隙を見せとると、いつかオオカミに取って喰われるぜよ」
「なっ――……!」

仁王は「お返し、確かに渡したナリ」と言って、ひらりと手を振って一人屋上を後にした。
……まったく、とんでもなく面倒で厄介な男に引っかかってしまった。徐々に熱を持つ頬を隠すようにその場にうずくまり、私は唸るしかなかった。
春色ラビリンス

'20/02