こうなる事は最初から分かってたよ。



いつからだったかなぁ、雅治の浮気が酷くなったのは。
幼馴染だから知ってた、雅治が女癖悪いの。
知ってたのに……、知ってたのに……、私は恋をしてしまった。
“遊び”でしか恋人になれないのも知ってたのに、私は想いを告げてしまった。
今でも覚えてるよ、あの時の貴方の表情も……言葉も、何もかも。
あのテノールが全ての合図だった。





不意に後ろから聞き慣れた声がして振り向いてみるとそこには雅治がいた。彼を見て一瞬心が曇ったような気がした。

「雅治。どうかしたの?」
「今日部活が終わるまで待っちょってくれんかのう」
「えっ?」
「お前さんに話さないけんことがあるき、待っちょってくれんか?」

雅治の言葉に胸がドクンと波打つ。

「う、うん。……私マネージャー用のロッカールームにいるから着替え終わったら来て?」
「わかった。じゃあ、また後で」

そう言い雅治は私の元から去って行った。
私はただ部活へと向かった彼の背中を見つめることしか出来なかった。


とうとう来てしまう。終わりを告げられる時が……。
最初からこうなる事はわかってた。わかってたけれど……こうなる事を信じたくなかった。
彼は“遊び” 、私は“本気”……。
いつかは終止符を打たなければならない運命(さだめ) だったから。


私も早く部活に行かなければ真田に怒鳴られる。重たい足を動かして部室へ向かおうとする。その途中でを見かけた。

「あれー、?」
「……
「暗ぁい顔してどうかした?」
「ううん、何でもないよ。こそどうしたの?」
「んー?これから男テニ見に行こうかな、と」
「見学?」
「まぁ、そんなとこかな?……じゃあ、またね。
「ん、バイバイ」

テニス部に行くと言った彼女を見送って私は再度歩き出す。
見学、か……。きっと雅治の誘いだろう。彼、本命の子は傍に置いておきたいていうタイプだしね。



少しだけ遅刻したので真田にあーだこーだと言われた。まぁ、幸村がフォローになっているようでなっていないフォローをしてくれたけれど。
無事に部活を終え、片付けと連絡事項を済ませマネージャー用のロッカールームで何をする事もなく私はただ雅治が来るのを待っていた。壁に掛けてある時計の針が進む音だけが室内に響き渡る。それが何故か私の胸を締め付けて行く。
それから何分が経っただろうか。コン、コンという小さなノック音の後に雅治が入って来た。

、居るか?」
「……いるよ。私がここって言ったんじゃない、いないわけないよ」
「そうじゃな」

雅治はそう笑いながら私の向かいにある椅子に腰掛ける。困ったようなその瞳は宙を彷徨って、そして私の瞳を真っ直ぐに捉えた。

「あんな、……」
「なに?」
「……俺と別れて欲しいんじゃ」


あぁ、とうとう言われてしまった。
“別れて”のその一言を。


「……うん、いいよ」
「いや、ちょっと待ちんしゃい。お前さん、もうちょっとこう何かリアクション取ってくれんかのう?」
「物分かりのいい女でいいじゃない」
「まぁ、それはそうなんじゃが……。普通はこう理由聞いてから了承するもんじゃろ?」
「理由聞いて欲しいの?」
「お前さん、やけに冷たいのう」
「……全部わかってるの。雅治が私のこと遊びとしか考えてないのも、本当はの事が好きなのも。……全部、全部知ってたから。だから、いいんだよ」
……」
「早くの所に行きなよ、どうせ待たせてるんでしょ?あの子」
「……」
「早く行きなさいよっ!」
、ごめんな。……それから、ありがとう」

私は雅治から顔を背けたまま彼が部室から出て行くのを待つ。パタンと扉を閉める音がするのを聞いた時、私の頬には涙が伝っていた。

「雅治っ!……っ、やだよ。まさは、る!……まさはるっ!」

決して届くことのない叫びが部室に響く。



『……

扉の向こうで泣いている彼女に俺は何もしてやれない。ただ扉の前で佇むしか出来ない無力さに俺は拳を握った。――の元に向かったアイツの背を見つめて。
そのテノールで終わりを告げて

'09/03