それはツインテールのあの子が戻ってきて、全てが終わった後の話。

高等部生だった私とルイと八雲はあの子が戻ってくる頃には専科課程を終え、志貴さんの口利きによりそれぞれ初等部、中等部、高等部の教師として新たな道を歩み始めた。
アリス学園での教師生活は思ったよりも慌ただしく大変で、プライベートな時間を取ることの方が難しくてお互い教師となった私とルイに恋人としての時間はほとんどなかった。生徒の目もあるが故にこっそりお互いの部屋を行き来するぐらいでそれらしいことも出来ず、不満とやるせなさでいっぱいになっていたある日のこと――。

「なぁ、先生って彼氏とかいんのかなー?」

放課後の廊下を何気なく歩いていると、ある教室で自分の名前が聞こえ思わず足を止めてしまった。

「お前まだあの人好きなのかよー懲りねえなー!」
「だって超美人じゃん!やっぱ彼氏とかいるよなー」
「そんな気になるなら聞いてみればいいだろ?」
「それがさ、何回聞いてもはぐらかされるってゆーかさー」
『ぎゃはは!!!もて遊ばれてる!!』
「うるせー!!!!」

ちらりと見えた制服から高等部の男子生徒が数名教室に残って話をしているようだった。もて遊んでるとは失礼だな、なんて思いながら息を潜めながら話の続きを待ってみる。

「でもあれだろ?先生って学生時代の時も男よりどりみどりって聞いたし、正直彼氏の1人や2人いてもおかしくねぇよな」
「じゃあ、よく一緒にいるあの人は?ほら、中等部で教師やってるあのオカマの――!」
「あー……周先生だろ?確かによく一緒にいるの見かけるけど彼氏ってより女友達って感じだよな」
『たしかに……』

ひとまず全員が納得したところで違う話に変わったようで、私は溜息と付いて何となく居心地の悪いその場を足早に立ち去ることにした。放課後の静かな廊下にカツン、カツンとヒールが床を鳴らす音が妙に響き渡る。

『彼氏ってより女友達って感じだよな』

先程の会話を反芻しながら、傍から見れば私とルイはそう見えてるのかと改めた感じた。
それもそのはずだ。オカマとして生きているルイが男の顔を見せるのはごく稀であり、それを知っている人間もごく一部に限られている。それ故に元が端整な顔立ちをしているルイも女子人気が高いが、「オカマなのが残念だよね」などの話は聞いたことがある。

「女友達に見られてる方がまだ安心よね、変に勘繰られるより」
「あら、それはどうかしらねー」
「ぎゃあっ!!、ルイ!急に背後から現れないでよ!!びっくりしたじゃない!」
「『ぎゃあっ!』って可愛くないわね。もうちょっと色気のある声出しなさいよー」
「うるさいっ!背後から声かけられたらそうなるでしょ!!」

突如背後から現れ、いけしゃあしゃあと言ってのけるルイにムッとする。しかしそれも一瞬でときめくなんて柄でもないし、そんな歳でもないのにな――、なんて心の中で少し自嘲してみたりするけれど、彼の顔を見たら何となくほっとしてしまう。

「まあ、いいや。あ、そうそう!、明日空いてる?」
「空いてるけど、なんかあるの?」
「ちょっと買い物付き合って欲しいのよ」
「ふーん。私も洋服と化粧品買いたかったからちょうどいいや」
「じゃあ、いつもの時間にいつもの場所でいいわね?」
「うん。楽しみにしてる」

そう何気なく答えた私にルイは少し驚いたような顔をしたが、私の頭をポンポンと軽く叩いてその場を後にしていった。残された私も帰路へ着くことにしたけれど、何とも言えない満足感で満たされていた。

久しぶりのデートにテンションが上がってしまい、いつもより早く起きて気合いの入った服と化粧。――ああ、本当に柄でもない。
待ち合わせの場所に行けばそこには遅刻の常習犯であるルイが先にいて、珍しいこともあるものだと開口一番で感心すれば「そういうこともあったっていいでしょ」と軽く頭を叩かれ、ルイはそのまま歩き出してしまった。私はそれを追いかけるように歩いた。

それから2時間ほどが経ったか。確か彼の買い物に付き合う為にここにいるはずなのに、彼の行く先々で見立てられるものは私のばかり。欲しかった服も化粧品も揃って満足な反面、彼が一体何を考えてこんなことをしているのかさっぱり見当がつかず、困惑するばかりだった。今だって有名ジュエリーブランドで見ているのは女物だ。

「んー、やっぱりにはシンプルだけど品のあるデザインが似合うわよねー」
「……ねぇ、ルイ。一体どういうつもりよこれ」
「たまにはいいじゃない、アンタに似合う物は私が一番知ってるんだし」
「それはそうなんだけど……」

問い詰めようと口を開いたのに結局いいように言いくるめられてしまい、返せる言葉もなくただ着せ替え人形の如く、いくつもの商品をとっかえひっかえ合せられている現状に心の中で盛大な溜息をこぼした。そんな時、ふと視界の隅にショーウィンドー越しに一対のリングが見えた。ペアリングというよりはエンゲージリングと呼ぶべき代物であるそれをまじまじと見るのは何だか気が引けてすぐに視線を逸らしてしまった。しかし一瞬見えたその美しさを忘れることは出来ず、何度か彼の目を盗んでちらり、と視線を送っては逸らした。

「ねぇ、。この買い物終わったらどっかでお茶でもしない?」
「それならいいお店知ってるよ!……あ、でも久しぶりにルイが淹れた紅茶が飲みたいわ」
「あら、嬉しいこと言ってくれるのね。じゃあ、ケーキ買って部屋で食べましょう」
「さんせーいっ!」

日の当たる窓際の特等席に並んだティーカップは以前、色違いで購入した物。鼻腔をくすぐる茶葉の上品な香りは散々出歩いた疲れも忘れてしまうよう。カップの横に並ぶのは先程買ったセントラルタウンでも人気のあるケーキ屋のショートケーキ。評判通りの味に思わず笑みが零れる。

「そういえばもうすぐだねー……」
「なにが?」
「翼くんの結婚式」

真っ白なケーキを眺めながら、ふと後輩の結婚式が間近であることを思い起こさせた。

「あー……」
「なによ、その間延びした返事……ルイも行くでしょ?」
「当たり前よ。翼くんのタキシード姿なんてかっこいいに決まってるわ!」
「そう言うと思ってた。わたし、美咲ちゃんのドレス楽しみだなー」
「あら、その割には不服そうな顔してるじゃない」
「だってまさか後輩3組に結婚抜かされるなんて思ってもないじゃない?」
「のばらちゃんの結婚は驚かされたわねー……」

あの一件を機に私達の可愛い後輩――のばらはその師の元へ嫁いだ。それを彼女の口から聞かされた時は何だか眩暈がしたけれど、彼女も彼――ペルソナも幸せになれたならそれでいいのだ、と思った。あの小生意気だった棗も愛しの彼女を取り戻した後すぐに式を挙げ、今度はルイが大事にしてきた翼くんの結婚式だなんて、悔しいと思うのは私が女だからだろうか。当のルイはといえば、ああそうねくらいの顔で手にあるカップに口を付け、紅茶を啜ると何気ない一言を投げかけた――声色を変えて。

「お前結婚したいの?」
「結婚は女の夢よ!」
「ふーん?……じゃあ、そんなにいいものやるよ」
「え、……」

そう言って差し出された小さな箱。青のベルベットに包まれたその小さな箱が何を示すのか、わからない歳でもない。いずれそんな時が来るだろうとぼんやりと考えていたけれど、それが今だなんて!心の準備も整わない私に彼は早く開けろと言わんばかりの視線を投げかけてくるので恐る恐る開くとやはり予想通り――指輪が収まっていた。しかしそれは小一時間ほど前にあのジュエリーショップで遠慮がちに視線を送っていたあの指輪で……。

「、なんでこれ……」
「あんな何度もちらちら見てたらわかるっつーの」
「……」

まさかバレてるなんて思わなくて二の句も継げられず視線を落とす。そんな私に少し決まりの悪い顔したルイが「」と声をかけた。

、愛してる……結婚しよう」

まっすぐな声で告げられた夢にみたその言葉に嬉しくて涙が溢れた。彼は苦笑いを浮かべながら親指の腹でそれを拭ってくれる。そして私の左手を引き寄せ、箱から指輪を取るとそれを薬指に填めた。きらきら光るそれを填めた左手を目の前にかざしてみれば、幸せな気持ちが込み上げてくる。

「こんな俺だから傷つけることもあるけど……ずっと一緒にいろよ」
「いいよ、私の全部ルイにあげる」

そう微笑むと彼は左手を掴むとそっと指輪の上にキスを落とした。
あげるあげるぜんぶあげるよだから、

「……これで言い寄ってくる馬鹿なガキもいなくなるだろ」
「あの会話聞いてたの?!」
じゃないんだからそんなことしなくても知ってたわよ」
「ちょっとなによそれ!!」
'14/04