本日空は雲一つない快晴。
私の心、晴れのち雷雨。

アリス学園本部にある会議室の一つでまたの名を危険能力系本部である部屋で私は黙々と書類整理をしていた。

「……こんな量の仕事私一人でなんて出来るわけないじゃない」
「確かにこれだけの量はきついな」

独り言を呟いたはずなのにその返答があることに驚き、私は顔を上げる。そこには任務帰りの颯と八雲がいた。私の独り言に言葉を返したのはどうやら颯のようだ。二人は机上にある書類をしげしげと眺め颯は「この書類ってお前の仕事だった?」と私に問い、八雲は「……ルイの仕事じゃなかったのか?」と問う。

「そうよ、あのオカマルイの仕事だったわよ!」
「それをどうしてが処理してるんだ?」
「〜〜〜〜あー、もう!思い出しただけでも腹立つわぁ!」

颯と八雲は訳がわからず互いの顔を見合わせる。そして八雲が「あいつが何かしたのか?」と問いかけてくる。

「おー、したした。あのカマ野郎、今度という今度は許さないんだからっ!」

颯と八雲がわからないのも仕方ない。怒りの原因を知ってるのは私と元凶であるあのカマ野郎のルイと一緒に部屋にいたのばらだけなのだから。



事はさかのぼること数時間前にこの部屋で始まった。
私はいつものように本部でのばらとおしゃべりをしながら任務待ち。ルイはいつもの書類整理をしていた。まだ量がそれなりに残っていたのだが、ペルソナは新たな書類を大量に渡していた。(ペルソナってアイツの性格把握してこの仕事やらせてるのかしら)
他愛もない会話をしながら本当に平和な時間をのばらと過ごしていのだが、不意に書類整理をしていたルイに話しかけられた。

「ねぇ、
「嫌だ」
「私まだ何も言ってないわよ?」
「仕事中のアンタに話しかけられた時はいつもろくなことがないの知ってるから」
「あらやだ、人聞きの悪いこと言わないでよ。まるで私がいつも仕事他人に押し付けてる奴みたいに聞こえるじゃない!」
「事実でしょ」
「全く失礼な子ねー。のばらちゃんもそう思うでしょ?」
「え、え、えっと〜〜〜」
「のばら、相手にしなくても大丈夫だからね」
「あ、はい」
「ねぇ、。私の頼み聞いてくれない?」
「丁重にお断りさせて頂きます。……アンタのことだからどうせろくでもないこと言うんでしょ?」
「今から愛しの愛しの翼くんに追いかけなきゃいけないからあの書類片付けておいて☆」
「は?ふざけんなっ!」

私達のいるソファーから少し離れた机にいたルイが気が付けば目の前にいてふざけたことを抜かしやがるから私は思わず声を荒げて立ち上がる。

「ね、お願い☆」
「何が『ね、お願い☆』よ!アンタの仕事なんだからアンタが責任持って最後までやりなさい」
「え〜、少しくらいはいいでしょ?」
「嫌よ」
「もう、本当に融通のきかない子なんだから……」

ルイはそうわざとらしく溜め息を零す。

(融通がきかないのはどっちよ!)

私は心の中でそう叫ぶ。これを彼に向かって言わなかったのは言い合いを長引かせたくなかったのもあるし、何よりルイに言い合いで勝つのは無理だとわかっているから。あの呪煙に巻かれるのを確実に避ける為。

「……仕方ないわね〜」

そうこうしているとルイが諦めたのかそう呟いた。
今思えばこの時ルイが諦めた、なんて少しでも思った私が馬鹿だったんだ……。


「……っ?!」

ふと耳元で囁かれた低音に私は体をビクリと震わし、思わず下を向く。
普段は声高のオネェ口調のルイだが、何か企んでたりひどく怒っている時、素になる時は大抵男口調になるのだ。男口調の彼はオネェ口調の時より態度でかいし、意地が悪いから手に負えなくなる。……まぁ普段から手に負えない奴なのだけれども。

、上向け」

男ルイに逆らうと大惨事を引き起こしかねないので私はおずおずと顔を上げる。彼と視線を合わせれば妖しい笑みを向けられ、私は顔が引きつる。すると、ルイはぐいっと私を引き寄せ顔を近付け――

「――――っ、ん?!」

一瞬何が起こったのか全く理解出来なかった。目の前にはルイの整った顔(悔しいけどそこら辺の女の子より綺麗なのよ)があって、自分が彼にキスされてると気付いた時にはもう遅くて……。抵抗しようにも腰にルイの腕が回され固定されている。オカマである彼もれっきとした男なので女の私よりも力がある為その腕を振り解くことが出来ない。しかも彼は危険能力系所属だ。同学年の一般男子生徒に比べたら力はある方になる。
どれくらいの間キスされていたかわからない。唇を離された時には既に息も絶え絶えな私。反対にルイは平然と満足そうな笑みを浮かべている。

「じゃ、後よろしく!アデュー☆」

放心状態の私を余所にルイはそう言い、ご丁寧にも投げキスをしながら本部を後にしたのだった。しばらくして息が整った私は「ふざけんな、あのカマ野郎っ!」と叫んだ。

「……あの、」
「あ……、のばら。今の見てない、わけないよね」

声をかけられて私は隣にのばらがいたことを思い出す。彼女は顔を赤くしていたが、キラキラした目を私に向けている。

「あの、さん。……私気にしてませんので」
「……ありがと、のばら」

そんなやり取りをしている間にペルソナがやって来てのばらを連れて行ってしまったのだ。部屋に残された私は渋々ルイに押し付けられた仕事をやり始めたのだった。



「――っていう訳よ」
「それは災難だったな、
「あのカマ野郎のセクハラ被害者No.1はで確定だな」

事情を一通り話終えると二人は慰めの言葉にもならないような言葉を私に投げかけて来る。颯は腹を抱えながら大笑いしているし、普段は無表情のあの八雲でさえ微かに笑っているのだ。――人の不幸は蜜の味だと言わんばかりに。

「ちょっと何二人して笑ってるのよー!!」
「だってこれが笑わずにいられるかよっ!っはは、やべ。マジ笑える!!」
「もう信じられない……。八雲まで笑うなんて」
「……。仕方ないから残りの仕事手伝ってやる、機嫌直せ」
「何か引っかかるけどいいや。……それより颯、アンタさっきから笑いすぎ!私のアリスの餌食になりたいの?」
「っあはは!……って、んなわけねぇじゃん!」
「あら残念。久々に氷付けの颯だるまが見れると思ったのに……」
「あんな寒い思い二度と経験したくないな!」
「……何やってんだ、テメェら」

八雲に仕事を手伝ってもらいながら颯をからかっている所に危力系の問題児もとい学園一の問題児である棗が部屋に入ってきた。
またペルソナに捕まったのか、はたまたあの初等部の変態教師・鳴海に何かされたのか。――それともあの関西弁でツインテールが特徴のあの娘に逃げられたのか、彼の機嫌は一段と悪いみたいだ。

「……、テメェのバカでかい声廊下まで聞こえたぞ」
「え、マジで?……ってゆーか、アンタはいい加減年上に対する口のきき方学んだらどうよ?」
「そんなもん必要あるかよ」
「……可愛げのない奴ね」
「お前最近ルイに似てきたな」
「はぁ?あんな変態カマ野郎と一緒にしないでよっ!!」

今の私は『周瑠衣』という単語さえ聞きたくないというのに。ましてや彼に似てきたなど言われても全く嬉しくない言葉だ。
いつもより私の機嫌が悪いことを察知したのか棗は小声で何かを八雲に問う。

「……アイツ何かあったのか?」
「あぁ、ルイの奴にまたキスされたらしい」
「ふん、いつものことだろ。それぐらいで一々騒いでんじゃねぇよ、ガキじゃねぇんだ」
「アンタね……黙って聞いてりゃ言いたい放題言ってくれるじゃない。私だってあのカマ野郎にキスされるのは慣れたくないけど慣れたわよ!でもね!……ディープキスはさすがに怒るわよ!」
『(アイツそんなことしたのか……)』

私の言葉に颯は余程驚いたのか目を見開いてこっちを凝視しているし、八雲と棗は一瞬驚いた表情を見せたがすぐにいつもの顔に戻る。

「……アイツのこと好きなんだろ?別にそこまで怒る必要ねぇんじゃねぇの?」
「いつから知ってるのよ、アンタ」
「だいぶ前から」
「嘘っ?!……何で?」
「さぁな。……お前がわかりやすすぎるだけじゃねぇの?」

小学生に諭されている高校生の私って一体……と私がうなだれていると――

「ただいまぁ☆……って、アンタ達何してんのよ?」

事の元凶であるルイが帰ってきた。
何でこの男はこういうタイミングで現れるのだろうか。私は思わず溜息をこぼしてしまう。

「ちょっと人の顔見て溜息付くのやめてくれない?ほんとに失礼な奴らねー」

状況がわからないルイに棗は無言で彼の横を通り部屋から出て行く。颯は「ついにお前男も女も見境なくなったか?……カマ野郎なくせして」と言い棗同様部屋を出る。そして八雲が「……の機嫌を直すのとあの書類片付けるまでこの部屋から出るな」と止めと言わんばかりの一言を置いて部屋を後にする。(ちょっと、ちょっと。人を散々笑ってそのまま見捨てる気なの、アイツら)

「八雲、ちょっ、どういう事よっ!ってゆーか、颯!アンタまたオカマを馬鹿にしたわね!!」とルイはいなくなった二人に向かってぎゃあぎゃあ叫んでいたが、しばらくするとソファーに座り紅茶を啜っている。私は数時間前の一件もあったので無視して書類に目を通し始めた。


「……」
「ねぇ、
「……」
、聞いてんの?」
「……」
「ちょっと何か反応くらいしなさいよ」
「……」
「もう……。さっきのこと怒ってんの?」
「……別に」
「(やっとしゃべったわ)……じゃあ、何でさっきから無視してんのよ?」
「……アンタに押し付けられた仕事で忙しいんです」
「(やっぱり怒ってるんじゃない)、ちょっと来なさい」
「嫌よ。アンタの近くにいるとろくなことされないから」
「何もしないわよ。だから大人しくこっち来なさい」
「それでも嫌です。……そんな暇があるんだったら仕事して」
「……

私がいる机から少し離れた所にあるソファーに座っていたはずのルイがいつの間にか私を後ろから抱きしめていて、耳元でそっと私の名前を呼ぶ。急なことで私はビクリと体を震わす。

「ちょっ、ルイ!離して!」
「嫌よ。離したらアンタ逃げるじゃない」
「当たり前です。普通セクハラされそうになったら逃げるに決まってるでしょ?」
「セクハラしなかったらいいのね?」
「都合のいいように解釈しないで。……もう、この仕事終わらなかったらまたペルソナに厭味言われるわ」
「仕方ないわね。私もやるから少し貸しなさい」
「元々アンタの仕事でしょっ!!……本当に信じられないわ」
「本当に気が短い子ねー。アンタ、カルシウム足りてる?……あぁ、。アンタやっぱり牛乳飲んだ方がいいわよ、こっちの為にも☆」
「はぁ?……って、ちょっと!どこ触ってんのよ!!」
「どこって……野暮なこと聞くわねぇ」
「もうセクハラで訴えるよ?!」
「やぁね、私がいつセクハラしたって言うのよ?」
「現在進行形でしてるわよ!ちょっといい加減その手退けなさい!」
「はいはい。……このくらいで怒ってるようじゃまだまだね☆」
「うるさいっ!」

ルイは渋々と胸部に触れていた手を退ける。しかし彼は私を抱きしめたままだ。ふと棗の一言が脳内に蘇る。――『……アイツのこと好きなんだろ?別にそこまで怒る必要ねぇんじゃねぇの?』棗の言ってる事もわからないでもないんだけど、物事には順序ってものがあるのよ。そう、順序ってものが。それをこの男が狂わすもんだから。でも本当の事は言わないつもりでいた。いや、言えなかった。だって彼、周瑠衣は――

「ちょっと。一人の世界入んないでくれる?」
「え?あぁ、ごめん。……ってか、そろそろ退いてくれる?仕事出来ない」
「んー、今考えてたこと教えてくれたら退いてあげてもいいわよ?」
「はい?……えっ、いや」
「なに、言えないの?そんなにやましいこと考えてたわけ?」
「アンタと一緒にしないで!」
「じゃあ、言いなさいよ。……アンタが口を割るまで私退かないからね☆」
「えー?!」

それは困る。何故なら仕事がほとんど終わっていないのだ。(元々この変態カマ野郎の仕事だけど)終わってないことがペルソナな知られたらどんな厭味を言われるか、想像するだけでも嫌だ。しかしこの男に先程考えていたことを話さなければ仕事をすることは不可能。(この変態カマ野郎が背後から抱きしめている所為で)さて、一体どうしたものか。言わないと仕事が出来ないので言わざるを得ないのだが、話してしまうということは暗に私に告白しろということを意味している訳で……。でもそれは出来ないし、したくない。そんなことを一人悩んでいると私の様子を楽しそうに見ている(背後にいるから本当のとこはわからないけれど)ルイが「、このまま言うつもりねぇんだったらこの場で襲うぞ」なんて言うもんだから。私は遂に口を割らざるを得ない状況に立たされた。(ここで襲われるくらいなら少々抵抗はあるが話した方がましだ。……本当に男ルイは質が悪い)

「……ルイ」
「ん?」
「話すからそのまま聞いて」
「あぁ」

まだ男口調のルイに少し驚いたが、私は意を決して口を開いた。

「あのね……、私前からルイのことが好きなの。でもルイは男好きだし、女には容赦ないし。だからずっと言わないようにしてた。言ったって叶わないのわかってるし、今までの関係崩れるの嫌だったし。だけど、昔から私には優しくしてくれてた。それがすごく嬉しかったの」

私はそこまで言って一息付いた。ルイは黙ったまま次の言葉を待ってくれている。

「さっき棗に『……アイツのこと好きなんだろ?別にそこまで怒る必要ねぇんじゃねぇの?』言われたのよ。確かにアンタのことは好きだけど、物事には順序があるでしょ?……それを考えてただけよ。これでいいでしょ?早く退いて」

気恥ずかしくて最後の方を捲し立てて言う。
彼の言う通りにちゃんと考えていたことを話したのに当の彼は一向に退く気配を見せない。

「……ねぇ、ルイ。早く退いてくれる?仕事終わらないじゃない」
「なぁ。俺もお前のこと好きだ、って言ったらどうする?」
「え?」
「顔真っ赤」
「ちょっ!」
「ちゃんと俺ものこと好きだから、安心しろ」
「……嘘」
「嘘じゃねぇ。……あーゆーことすんのお前だけだって知ってたか?」
「……」
「だからこれからは覚悟しておけ」

驚きで動けない私にそんな言葉を掛けルイは触れるだけの口付けをくれた。
とうの昔に奪われたファーストキスよりずっと甘かった。

「さぁ、仕事やるわよー☆」
「……もう、調子いいんだから」



「あの二人やっとくっついたみたいだぜ」
「……長かったな」
「全く世話のかかる奴ら」
触らぬ神に祟りなし

'09/02