「君っ……」
「流石ですね。普段は道化ていてもいざとなればかつての腕は健在というわけだ」

背後から声をかければ、強張った表情がこちらに向く。あぁ、私が誰か分かったんだ。……まぁ、教師だし当たり前か。
歩を詰めて、距離を縮める。それからゆっくりと口を開く。

「個人的には今回の展開気の進むものではないけれど、あなた方の首を差し出さないことには事態もバカな後輩の処遇もあやぶまれるもので、」

更に歩を詰め、呪煙を体に纏う。
……本当に私の周りにいる奴らはとんでもないことを仕出かしてくれるわよね。ろくな奴いないわ。
「すみません」と断りを入れ、さぁ呪煙を彼へ向けようとした所で意識が途切れた。



「――――……、!」

気が付いた時には辺りが薄暗く、何がどうなっているのかよくわからなかったが、近くに人の気配と負の気を感じた。

「あ、気が付いた?」

不意に聞き覚えのある声が至近距離で聞こえた。ゆっくり起き上がり、声の方に振り返れば、見知った同じ危力系所属の幼馴染の姿があった。

「……、?」

そう、ゆっくり確認するように問えば「身体、しんどくない?」と聞いてくる。段々と薄暗さに目が慣れてきたのか、彼女の姿がはっきりと捉えられるようになる。

「まぁ……なんとか。って、何でアンタがいるのよ」
「え?」

別の任務を与えられ、あの現場に居合わせていなかった彼女が何故ここにいるのか。尋ねてみれば当の本人はきょとんとした面持ちで間抜けな声を晒してくる。
「え?」じゃないわよ、まったく……。
溜息を一つ付いてから呆れたトーンで口を開く。

「アンタ別の仕事入ってたじゃない」
「あー……それ、か。行く前にペルソナに用事があったんだけど、それどころじゃなさそうで。私も行くように命じられたんだ」

あぁ、なるほど。それで彼女がここにいるわけか。ペルソナもかなり取り乱していたし、有り得ない話ではない。

「ふぅん。……で、その命に背いていいのかしら」

自分から聞いておいて何だけど、さほど興味があるわけではないからさらっと流して、次の言葉を発する。
神野……だったかしら?彼のアリスのおかげでまだ身体にしびれの感覚が残っている。それを誤魔化すようにゆっくり伸びをする、には気付かれないように。

「事態の深刻さは理解してるけど、……ルイを放っておくなんて出来なかったんだもん」
「はぁ。馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、ここまでとはねぇ」
「助けてもらっておいてよく言えるわね」
「今更よ。……それより、ここ花姫殿の地下?」

私のその言葉にはむすっとした表情を浮かべる。そんな顔したって無駄よ、流石にアンタの馬鹿さ加減には呆れるもの。
長い付き合いではあるけれど、ここまで彼女に呆れたことはない。基本的にバカなことをやる時はいつも一緒だったから。まぁ、今回ばかりはの馬鹿さ加減に救われちゃったけどね。

「うん。今、初等部校長にもペルソナにも見つかったらまずいでしょ、アンタも私も」
「えぇ」
「勝手知ったる安全な場所なんて、ここしか思い浮かばなかったんだよねー。……まぁ、ここもじきに動かないと見つかるかもしれないけど」
「そう、ありがとう」
「……なんてゆーか、素直なルイって気持ち悪いなぁ」

暗がりでもわかるほどはっきりと見える怪訝そうな顔でそう零すに思いっきり顔を歪める。
良く言えば素直、悪く言えば不躾な物言い。なんてゆーか、もうちょっと言葉を選びなさいよね。……なぁんて、私も一緒か。
わざとらしい溜息を付いて「アンタねぇー、人の感謝を無下にする気?」と問えば、慌てて「冗談だって!」と口にする彼女に自然と笑みが零れる。

「まったく。……そういえば、」
「んー?」
「上の状況は?」

そんないつもと変わらないやり取りにホッとしながら、ふと思い出した。――学園内で起きた一連の事件の状況を。鳴海を逃がしてしまっている以上、どうにかしなければいつもの如くペルソナからの小言が待ち受けているのだから。
は私の問いを受けて、一旦視線をずらして何かを考え出してからまたこちらに視線を戻し、口を開く。

「棗は依然、佐倉蜜柑を連れて逃亡中。って、言ってもさっき花姫殿の前で見かけたから姫様の所にいるはず。のばらは……風紀隊に捕まったっぽい。……颯の馬鹿も今井蛍を連れて花姫殿に向かってるわ」

あまりの詳しさに一瞬、自分の耳を疑った。私があの部屋を出てからさっき意識を取り戻すまで、どんなに多めに見積もったってせいぜい小一時間程度だ。その間にこれだけの情報を、この広い敷地内で集めるのは至難の業だ。
呆気に取られて、口を付いて出た言葉は「……アンタ本当は遠目・遠耳のアリスの持ち主なんじゃないの?」だった。

「そうだったら危力系にいないわ」
「……」

の返答に思わず口を噤む。――ねぇ、何でアンタそんな顔してるのよ。
どれくらいの間があっただろうか。ふと、彼女の明るい声が沈黙を破るように発せられる。

「しっかし、あの子達もよくやるよねー」
「何よ、突然」
「や、若いってすごいなぁって」
「あぁ……、そのこと」

何を言い出すのかと思えばアイツらのことか。若い、ねぇ……。そういう私達も十分若いわよ。って、流石に小学生と高校生じゃ考えも違うものねー。

「あんなことしたって逃げられる訳ないのに」
「それはアイツだって理解してるでしょ、嫌ってほどに」
「そうだよねー。……あーやっぱり若さ、かぁ」

私の言葉に珍しく納得して、小さく呟いたの顔を見て、急に居た堪れなくなる。
――なぁ、何でお前そんな泣き出しそうな顔してんだよ。


「え、ルイ……な、ンぅ」

彼女の名前を口にしたのと同時に腕を引っ張り、唇を重ねる。

「はぁ……ちょっ、ン!」

突然の行動には抵抗を示すものの顎を俺の指で固定されている為になされるがままだ。片手で彼女の顎を、もう片方で腰を固定して何度も角度を変えて口付けていく。
間近に聞こえるの息遣いにその場に似つかわしくない欲が自分の中を占めていく。半開きのその唇から溢れた唾液を舐め上げれば、熱い吐息を零しながら俺に何かを訴えかけてくる。

「あ、も……ルっ、イな、に……」
「舌出して。……それから、もうお前黙れ」

彼女の問いとは全く違う答えを返して、再度それに噛み付く。

「っ、ぁ……ふ……はぁ、」

おずおずと出された舌に自分のを絡めて、舐め上げ、吸い上げて。その度に小さく吐息に紛れて甘い声を上げる
満足いくまでそれを堪能してから唇を離す。名残惜しそうに繋がる半透明の糸が暗がりの中で光り、それがいやらしく視界に映り込む。

「はぁ……っ」
「も、何なのよ……ルイ」
が隣にいるんだったら、この学園に縛られ続けても構わねぇな」
「……ルイにしたら随分と弱気な発言ね?」
「あぁ、そーかもな」

の言う通り俺らしくない弱気な発言だと思う。だけど……あんな寂し気で泣きそうな顔をしたお前を見てたらそう感じたんだから仕方なねぇだろ、なんて柄ではないから口にはしない。
自嘲気味に言葉を吐き捨てた俺には間を置いてから「大丈夫だよ、離れる気なんてないから」とやわらかい笑みと共に言った。

「……」
「離れられる訳ないじゃん。……こんなにも好きなのに、」
……」
「好き。好きよ、ルイ。……本当に好きなんだよ」
「知ってる」

泣いてるんじゃないかってくらい悲痛な声色が、子どもが親に縋るかのように愛の言葉を並べる。 その姿が十年前の――学園に来た頃の彼女とダブって見える。……もっともあの時はお互い"愛"なんて知らなかったけどな。

「ねぇ……、離さないでね」
「バーカ。……今更、手放せるかよ」
「ん。……ルイ、好き」
「俺も好き」
「あー……私達も人のこと言えないかも」
「いいんじゃねぇの、それで」
「そうだね。隣にルイがいてくれるならここから逃げられなくてもいいよ」

の隣にいれるのなら、このまま学園にいても構わない。隣でアイツが笑っててくれるなら、どんな任務もこなし続けると心に誓い続けてきた。
彼女の言葉に俺はふっと笑みを零し、小さな声で「……ありがとう」と呟いてから立ち上がる。

「さて、そろそろ行くわよ」
「面倒なことになってなければいいなぁ……」
「今更でしょ」
「それもそっか」
きっとそれは、甘い呪縛

'10/03