それはあまりにも唐突であまりにも突拍子もいないことだったからその場にいた全員が驚きで固まった。
「ルイー、ネクタイ貸して」
彼女は部屋に入って来るなりそう言って私の傍までやって来る。彼女は先週から外へ任務に行っていたから顔を見るのは久しぶりだ。それなのに第一声が『ネクタイ貸して』だなんてふざけてるにも程がある。だから私は怪訝そう顔を彼女に向ける。
「アンタ、自分のネクタイあるんだからそれでいいでしょう」
「や、それがねー、何かここに戻ってくるまでのどこかでなくしちゃったみたいで……」
「バッカじゃない?」
「うるさいわねー。どうせいつも付けてないんだから貸してくれたっていいじゃない」
「バカなに貸してやるネクタイなんてないわよ」
「ネクタイないと報告に行けないし報告行かないとペルソナに厭味言われるじゃない」
「自業自得よ」
「もう!八雲に借りるからいいわ」
彼女がそう言って私の元から離れると私は紅茶を一口啜る。本当に昔から気の短い子なんだから、と短く溜息を付き八雲の方へと目をやる。
「八雲ー。ネクタイ貸して、お願い」
「悪いな、生憎今日は持ち合わせていない」
「えー、うそー?!」
「こんなことで嘘付いても何の得にもならない」
「……」
「危力系の高等部生は俺とルイとお前だけだ。……せいぜい頑張るんだな」
「あー、ちょっ!八雲ー!」
八雲にも見捨てられた彼女は渋々とまた私の元へとやって来る。その光景が何故か楽しくて小さな笑みが零れる。
「……ルイ。少しの間でいいわ、ネクタイを貸して。お願い」
今日の彼女はいやに素直だ。普段であればもう少し悪態を付いてくるのに。
「わかったわよ。……でも、その前に服脱げ」
「は?」
それはあまりにも唐突であまりにも突拍子もいないことだったからその場にいた全員が驚きで固まった。その光景がまた面白いから俺は口角を上げる。
颯なんて椅子からずり落ちて口を金魚のようにパクパクさせている。のばらちゃんはのばらちゃんで顔を真っ赤にしてはいるが興味深々にこちらを見ている。棗に関して言えば至って冷静な態度を取ってはいるが目が本気だ。これだから最近のガキは色気づくのが早くて困る。八雲に至っては我関せずと先程と同じように本を読み続けている。肝心なは、といえば顔を真っ赤にして俯いたかと思えばすぐ顔を上げ目を丸くしてこちらを凝視している。
「ほら、早く脱げよ」
「嫌よ!大体何でここで脱がなきゃなんないの?!」
「いいから脱げ。じゃないとネクタイ貸さねぇぞ」
「〜〜〜っ、そんなの卑怯よ!」
「ほぉ、人に物を頼んでおいてそういう台詞を吐けるとは」
俺は追い詰めるかのように一歩彼女に近付く。依然真っ赤な顔をした彼女は俺から目を逸らし一歩後ずさる。そう簡単に逃がせねぇよ。俺は一歩ずつ彼女に近付いて行く。そうすれば彼女は一歩ずつ後ずさる。そんなことを繰り返しているうちに彼女の後ろは壁しかない状態だ。
「、いい加減諦めて脱げよ。……自分で脱げないなら俺が脱がしてやってもいいけど?」
「……」
「何も言わねぇってことは肯定でいいんだな?」
何も言わない彼女に少し苛立った。だから少し乱暴に彼女のジャケットに手をかけて素早く剥ぎ取る。そうすれば学校指定のブラウスが現れる。が、左肩辺りに不自然な色を見つけた。俺はそのままブラウスのボタンに指を滑らせ素早く外し、彼女の肩を曝け出した。そこには赤く染まったネクタイがきつく結んである。
「……お前本当に馬鹿だろ」
「だから脱ぎたくなかったのよ」
俺は溜息を一つ付いて彼女の服を元に戻す。
ネクタイに滲んでいる血の量から見てもだいぶ深く切っているだろう。
何でここ来る前に手当てしてから来なかったとかそういうことはとりあえず今は置いておいて。俺は彼女の手首を掴み、そのまま部屋から出る。
「ちょっ、ルイ!どこに行くのよ?!」
「そんなの決まってるじゃない、医務室よ、医務室!」
慌てている彼女を無視して私は医務室へと向かう。部屋にいた奴らが呆気に取られていたことにはこの際気にしないでおくわ。
彼女を引っ張り医務室まで来ると運の悪いことにそこには誰もいなかった。私は溜息を付くと彼女をテキトーに座らせてテキトーに手当てを済ませる。テキトーとは言っても危力系所属だからこれくらいはお手の物だ。
「どうして本部来る前に医務室寄らなかったのよ?あんな深い傷負っておいて」
「だって……」
「何よ?」
「ペルソナに見つかりたくなかったんだもん」
「……まったく、手に負えないバカね」
「うっ……言い返す言葉もないわ」
「私が見つけなかったらどうするつもりだったの?」
「ちゃんと報告し終わった後に手当てするつもりだったわよ。……ねぇ、ルイ。何で私が怪我してるってわかったの?」
「だって今日のアンタ気持ち悪いくらい素直だったんだもん」
「……え、それだけ?」
「それに妙に左半身を気遣うように体動かしてたから」
「……」
まったく甘く見られたものね。これでも私は危力系所属だ。怪我を負っていることくらい仕草でわかるっつーの。多分八雲も棗を気付いていただろう。
「……が無事でよかった」
「ルイ……」
「ほら、ぼけっとしてないで手当ても済んだんだから早く報告行きなさいよ」
「ちょっ、ネクタイ!」
「当分の間はそれ貸してあげるからさっさと報告行きなさい。じゃないとアンタの嫌いなペルソナの厭味聞く羽目になるわよ☆」
「うー……わかってるよ。って、私のネクタイはどうすんのよ?」
「そうね、アンタが無茶なことしなくなるまで預かっておくわ☆」
「何でよ?!」
「もうつべこべうるさい子ねー。早く行きなさい」
「え、あ!ちょっ、ルイっ!!」
彼女をそのまま医務室から出して報告に行かせる。まだ外で何か騒いでるみたいだが気にしない。そのまま医務室の椅子に座って先程彼女から強引に預かったネクタイに唇を寄せて「……に怪我されるのは昔から苦手なのよねー」と呟いた。
疎い君に
'09/03