それは部活のない水曜日の放課後。
自分の家とは真逆の道を歩き続ける、目的を果たす為に。
そもそもの原因は彼女にあるのだがそれに逆らえない――むしろ自らやろうとしているのはやはり惚れた弱みとでも云うのか。そんな自分に溜息しか出ない。
生活環境の違いは重々承知の上だがここまで来るともう少し自分でどうにかしようという気はないのか、とさえ思ってしまう。何で俺がこんなことで頭を痛めなければならないのか、全く理由が見つからない上に一応礼儀として送った『そっちに行く』とメールにも返事がないことにも……本当に頭が痛くなる。

小綺麗なマンションの前で立ち止まり一つだけ大きな溜息を付いてエントランスへと向かう。あたかもここの住人であるかのようにオートロックを外しエントランスホールを通過してエレベータに乗る。慣れとは恐ろしいものだな、嘲笑を浮かべながら目的の部屋の前までやってくる。
彼女からもらった合鍵で中に入れば薄暗い玄関が視界を埋める。……全く世話のかかる女だ。頭の隅でそんなことを考えながら彼女の寝室へと足を進める。バンっ!と思いっきり扉を開ければベッドの中から見慣れた頭が飛び出しているのが見える。
ノックなしに部屋へ入るのは非常識だとかそういうことはここまでしてやっているのだからこの際なしだ。
その光景に俺は本日何度目かわからない溜息を付いて、持っていたテニスバッグを部屋の隅に置いて彼女を起こそうと傍に歩み寄り肩を揺する。

「……さん。さん、いい加減起きて下さい」
「んー」
「まだ寝るつもりですか?……いい加減起きてもらわないと俺が困るんですが」
「……あ〜、わかしだぁー。おはよ〜」
「おはようって……アンタ、今何時だと思ってるんですか」
「えーっとね、12時くらいじゃないの?」
「それ本気で言ってるならアンタ相当おめでたい人ですね。高校がそんな時間に終わるわけないでしょう。ちょうど4時を回ったとこですよ」
「よ、4時……?!うそっ!?冗談でしょー?」
「そんな冗談言ったところで俺には何のメリットもありませんよ。……何なら自分で確認したらどうです?」

俺のその台詞に彼女はベッドサイドにある携帯を掴み、時間を確認する。みるみるうちに青ざめていく彼女の顔に自然と上がっていく俺の口角。

「……嘘でしょー。あぁー、私の出席日数が……。っていうか、若。何で電話してくれなかったのよー!」
「貴女にそれを言われるのは心外ですね。俺は昼休みに電話入れましたよ、それに気付かなかったのはさんでしょう。八つ当たりしないで下さい」
「言い返す言葉もない……っていうか、むしろごめん」

寝癖の付いたぼさぼさの頭をした正真正銘・寝起きな彼女のしゅんとしている姿に俺はまた深い溜息を付いてベッドに腰掛ける。不意に感じた重みからかスプリングがぎしっと音を立てる。

「別に謝って欲しくて言ってるんじゃないですよ」
「で、でも……」
「少しでもそう思うならいい加減直して下さい、その寝坊癖」
「うっ……」
「高校時代から散々言いましたよね、俺。……本当によくそれで卒業出来ましたね」
「いや……ほら、それはっ、みんなが、協力してくれて……」
「大学になってからはそれが俺に代わったってことですか」
「え、え、え〜っと……それは、」
「大体貴女はいつもいつも人に頼りすぎなんですよ。それに俺は貴女の世話係の前に、貴女の彼氏だってこと分かってるんですか」
「そ、そりゃっ、わかってるよ!でも……」
「……何ですか」
「だって、若……頼りになるから」
「はぁ……本当にアンタって人は……」
「……なんてゆーか、その……ごめんなさい」
「もういいです」

俺はそう言ってもう一つだけ溜息を付いてから、その無防備な唇に口付けた。軽く触れるだけだったがいきなりの口付けに彼女は驚いたのか口をパクパクさせている。その反応に俺は口角を上げて「このくらいの報酬はもらわないと割りに合いませんからね」と告げた。
春眠を覚えず

'09/05