大学に入ってから半年強が経って、鏡を覗けば高校生から変わった自分がそこにいた。
同じメンバーが顔を合わせることも毎日あるわけでもないし、一日の授業数だって変則的。
化粧をして、それなりに着飾って。女子大に通ってながらここまで気を使うのは女の意地。
そんなの柄ではないんだけど……。
バイト、サークル、飲み会。大学に入って覚えたこと――女のプライドとアルコールの味。



レポートの山の締め切りとバイトの連勤が重なって寝不足だった私。それでもレポートを出さなければならないので学校へ向かう。
教室に入れば友人達が既に席を取っておいてくれたようで、耳にあるイヤホンをはずしながら近付くと私に気付いた友人が声をかけてくる。

「あ、ちゃん。おはよー」
「おはよ」

空いている席に腰掛けながら挨拶を交わして、授業に必要な物を取り出し、机の上に並べる。

ちゃん、レポート終わった?」
「何とかね。バイトの連勤と重なっちゃって昨日徹夜でさー、完全寝不足だよ……」
「あー、それでそんなに眠そうな顔してたんだ」
「……顔に出てた?」
「うん、バッチリ」

苦笑いを浮かべながらそう答える友人につられて自分も苦笑する。
そこへ慌てて私達の元へやってくる友人が一人。その顔がいつになく真剣で思わず笑ってしまう。

「ちょっと大変、大変!明日、あの立海大と合コンがすることになった!!」

その彼女の一言に教室中がどよめいた。
「え、立海ってイケメン多いとこだよね?!」とか「いいなー、行きたい!」とか「立海と合コンなんて夢みたい!」なんて、みんな顔と声が輝いている。それもそのはずで立海大と言えばこの近辺では美形揃いだと有名だから。
その所為か彼女の一言から教室全体が落ち着かない様子だった。行きたい、という気持ちを抑えきれないのが見て取れる。

「へぇー、すごいじゃん。でも立海と合コンなんてどうしたのよ」

さほど興味がなさそうな友人が問いかける。
まぁ、何ともごもっともな意見だった。立海並みに美形揃いの有名所と合コンなんて滅多にない話だもん。

「私の従兄弟、立海の国文にいるんだけど、この前『お前んとこの学校って可愛い子多いよなぁ……誰か紹介してくれ』って頼まれたから一層のこと合コンしない?って誘ったの」

そう少し得意そうに話す友人に周りから「さすが、!」と声が飛ぶ。
って立海の国文に従兄弟いたんだ。そう変に感心していると不意にどこからともなく「ねぇ、その子かっこいい?」という声が聞こえた。

「身内だから何とも言えないけど……そこそこかっこいいとは思うよ?附属高校のテニス部レギュラーだったし」
『えぇぇー?!』

またも彼女の一言に教室がどよめく。
ちょっとちょっと、あなた今日いくつ爆弾投下する気ですか。
の言葉を受け、誰かがそう興奮しながら「立海の附属のテニス部って……神奈川の強豪でレギュラーはみんなイケメンって有名な所じゃない!」と言う。
それに「えぇー!ずるいー!」とか「ちょっとその子紹介しないさいよー」などなど、教室は静まる気配を見せない所かヒートアップする一方だ。

「それで?何人行けんの、その合コン」
「7人。あ、でも幹事として私も行くからあと6人ね」

少しずつみんなの目の色が変わってくる。
「そうそう。附属出身のテニス部メンバーも何人か連れて来るってー。……行きたい人、挙手!」という彼女の一言で数人が勢いよく手を挙げる。

「1、2、3、4、……5。あれ、5人?」

その声に振り向き、人数を数えてみるが手を挙げているのは何回数えても5人だけだった。
教室にいた全員があれだけ行きたがっていたのにこれだけしか手が挙がらないのは何故だろうと考えようとした時、罰が悪そうなトーンで話す声が聞こえた。

「行きたいのは山々なんだけど、明日はフルでバイトなんだ」
「アタシも明日はボランティアのミーティングで……」
「あらら……」

どうしよう、と少し戸惑っているに目をやると同じようなタイミングで彼女がこちらに顔を向けた。
これは嫌な予感がする、何としてでも危険を回避したい。
そう思った私は視線を彼女からはずしたが、それは敢え無く失敗に終わる。
ぴょん、とが私の座っている席の隣に飛び乗る。小柄な彼女のその姿はまるで小動物のようで何だか可愛い。

、明日の夕方から暇?」

ずいっと顔を近付けては甘えた声で聞いてくる。

「……やだよ。唯でさえレポートの締め切りとバイトの連勤が重なって寝不足なのにこれ以上睡眠時間削れないよ」

それをきっぱり断れば悲しそうなオーバーリアクションで私を説得しようとかかる。

「えー、そんなこと言わないでよー!ってか、だけが頼みなの!……ね?」
「ね?って言われても……それに、私そんな合コン好きじゃないし」
「そこを何とか!これで人数足りなかったら従兄弟に合わせる顔がなくなっちゃう。……、お願いっ!」
「うっ……わかったよ、行けばいんでしょ?」

そんな顔でそんなこと言われたら行かざるを得ないじゃない、と心の中で独り言ちながら彼女には聞こえないように小さく溜息を零す。
私の横では無邪気に笑顔を浮かべて「ありがとー、!大好きっ」と言って抱き付いてきた。
その姿を見て、あぁ、やっぱこの子は小動物みたいに可愛いなとしみじみ思う。
合コンは確かに好きじゃないけれどの頼みなら仕方ないか、と自分に言い聞かせていると教授が教室に入ってきたので彼女の頭をポンポンと軽く叩いて身体から離した。
今までの寝不足とさっきの精神的疲労からか、結局その日の講義は睡眠学習となってしまった。



夢を見た。
起きた後もその光景がまだ目の前にあるかのように思えるほどリアリティに富んだものだった。
だから思わず「に、お……う」と口にしてしまったのがいけなかった。講義を終えた友人達が一斉に私の方を向いたのだ。

「……どうしたの?」
「それはこっちの台詞。講義全く聞かずに寝て、起きた瞬間『におう』なんて口にされたら不思議に思うよ」

呆れ顔で友人がそう答える。それと同時に今日の分のノートも渡してくれる。

「え、……私口にしてた?」
「うん」

その場にいた友人達は一斉に頷く。
あちゃー……、一番やっちゃいけないミスをしちゃったみたい。
どう誤魔化そうか思案していると一人の友人が「ちゃんって彼氏いたの?」と聞いてきた。

「あー……だから合コン行くのも渋ってたんだ?」
「違うって!彼氏なんていないよ」

必死に弁解をするも友人達は取り合ってくれる気もないらしく「そっか、そっか」と妙に納得した意味深な笑みを浮かべながら私を見てくる。

「だから違うんだってばぁ!」

結局この後からかわれて帰路に着く破目になったのは言うまでもないだろう。
散々な目に遭ったな……。それもこれも全部あの夢の所為だ。
すごく懐かしい光景だった。……懐かしいと言っても1年程前のことだから、それほど昔の話ではないんだけど。

「あれからもう1年か……。アイツらどうしてるんだろ」
恋愛方程式

'09/12