「久しぶりじゃのう、
「……にお、う」

その声に振り向けば、より一層大人びた顔が視界に映り込む。あの特徴的な銀髪は相変わらずだ。そんな些細なことに少しホッとしている自分がいた。
それにしても、……高校の時から無駄に色気があるとは思ってたけど、ここまでいくと犯罪だよね。さっきから道行く人々が彼を振り返る。私の周りにいる友人達も仁王のフェロモンにあてられたのか、頬を染め、はしゃいでいる。
丸井の巻き添えを食らったのか桑原くんもいる。単体でも派手だというのに三人も集まれば注目の的だ。
色々言いたいことがあったけど、仁王を目の前にしたら昨日変な夢を見た所為もあって頭の中が真っ白になった。そんな私を知ってか知らずか、幹事の一人であるが口を開く。

「人数揃ったし、予約の時間あるからお店に移動しまーす!」
『はーい』

その言葉にホッとした私に仁王は口角を上げたように見えた。が、彼はすぐさまこちらから視線を逸らし、丸井や桑原くんに話しかけていた。
気のせいなら、それに越したことはないんだけど……。



合コンの定番とも言えるカラオケボックスの一室で盛り上がる男女14名。実際には私と仁王を除く12名だ。その様子を見て数合わせの為に呼ばれたのが私と桑原くん、それと仁王だってことがわかった。まぁ、こういうイベントは苦手そうだから無理もないか。
居酒屋で散々飲んで、はしゃいで。それでは飽き足らなかったのか、こうしてカラオケの深夜フリータイムを利用してここにいるのだ。雰囲気に酔った友人、程々にアルコールが回っている友人、それでもまだ酔いを求めてアルコールを注文する友人。客観的に眺めていると実に面白いものだった。
本当はお店を出たら帰るつもりでいた。それなのにお店を後にしてすぐに二次会――カラオケの話になってしまった為に口を挟むに挟めなかったということと仁王が参加すると聞き、言い出すことを躊躇ってしまったのだ。今日に限って何故こんなにも仁王に振り回されているのだろうか。いや、"振り回される"とは少し語弊があるか。でも彼の一挙一動に心がざわつく。ざわついた心が冷静さを取り戻せない。そんな自分に少し嫌気が差して、気が付けばアルコールばかりを口にしていた。
盛り上がりが最高潮に達した辺りから酔い潰れたり、睡魔に勝てなかった者が落ちていき、部屋の中は少し冷静さを取り戻したようだった。ふと、顔を上げると向かいに座っていた仁王と視線がぶつかる。何だか気まずくて、視線を逸らす。それを見ていたのか心配そうにが声をかけてきた。

、大丈夫?」
「……ん?」
「さっきからお酒飲んでばっかだから、少し心配になって」

遠回しな彼女の台詞に少しばかりほっとした。それも束の間、横からだいぶ酔っているであろう友人達が絡んでくる。

〜、アンタあんなイケメンとどこで知り合ったのよぉ?ってか、何で隠してたの〜?」

酔っ払った友人は勢いに任せて私に抱き付き、そう問う。
その問いに初めて、あぁ、自分達の関係のこと何も言っていなかったんだと認識する。別に隠していたかった訳でもないし、まして隠さなければならない関係でもない。ただ、高校の同窓生。わざわざ説明を入れるほどのことではないし、根掘り葉掘り聞かれても面倒だと思ったから。

「いや、別に隠してたわけじゃないんだけど……」

強いアルコールの香りに少し顔を顰めながら、言葉を濁すように口を開く。余程困った表情をしていたのか、はたまた友人の問いそのものに対してなのか、傍にいたも苦笑を浮かべていた。

「高校の同級生なんでしょ、?」

そうが助け舟を出してくれる。その言葉に少なからず助けられた。

「うん……」

私がそう頷けば、向かいにいた仁王がニヤリと口角を上げていた。
……頼むから余計なことは言わないで。これ以上私から余裕を奪わないで。

「三年の時にクラスが一緒だったんじゃよ。のう、?」

あー、もう。何で仁王ってば一々面倒なことっていうか、余計なことを言うのかなぁ。一気に気まずくなったじゃない。みんなの目が段々とにやついてくるのが見て取れる。……これは逃げた方が得策かも。
私は隣に置いてあるバッグを取り、に化粧直してくると声をかけてからその場を後にした。


「……ふう」

鏡に映る自分の顔が疲れているのを見て、一体何をやってるんだろうと思わず溜息を零す。たかが旧友に会っただけじゃないか。何をそんなに動揺しているのだろう。これじゃまるで……、まさかそんなことあるわけない。まさかそんなこと――仁王のことが好きなんじゃないか、なんて。首を数回横に振り、薄っぺらい笑顔を顔に貼り付けてからその場を離れる。
扉を開ければ、少し離れた所で何をするわけでもなく壁にもたれかかかるように立っている仁王が見えた。相変わらずよくわからない人だと思う。放っておけばいいのに、私は気が付けば彼の傍まで歩み寄り、知らず知らずに声をかけていた。

「こんなとこでなにしてんの、仁王」
「ちょいとした野暮用で、のう」

薄くニヤリと口角を上げる仁王にこれ以上言及する気が失せた。またろくでもないことを考えてるんだろうなぁ、と頭の隅で思いながら「あっそ」と短く返す。そうすれば目の前の彼はクツクツと笑う。あぁ、笑い上戸なのも変わりないのか。しかし、こうも笑われてばっかいるのは気分が悪い。眉を顰めて「……なに笑ってんの?」と問えば、「いや、何でもないナリ。それより、」と返される。

「……それより?」
「お前さん随分とつまらなそうな顔しとるのう」
「……はい?」

唐突な彼の言葉の意味がわからなくて思わず間抜けな声を上げてしまった。すると仁王が「さっきまでの一人百面相、面白かったぜよ」と意味深な顔で付け足すから彼の言いたいことはある程度理解出来た。理解は出来たが意図がわからない。

「しょうがないでしょー、数合わせなんだもん。……そういう仁王だって数合わせ、でしょ」

溜息交じりで私がそう零せば、仁王は相変わらず何を考えているのかよくわからない、あのにやり顔を浮かべたままこちらに歩み寄ってきたので反射的に後ずさる。そうすればまた歩を詰められあっという間に反対側の壁まで追い込まれる。

「のう、

仁王が顔を近付けてくるから咄嗟に俯く。パーツ自体が整っているから彼の顔は本当に綺麗だ、直視出来た試しがない。

「……な、に」

動揺を隠しきれていない声が何とも情けない。あー、もうこれじゃ本当に仁王を意識してるみたいだ。

「数合わせ同士、今から抜けんか?」
「え?」
「ちなみにお前さんに拒否権はないナリ」
「は?え、ちょっ!仁王!まっ、!」
「プリっ」


何が何だかよく飲み込めない状態で仁王に手を引かれ、半ば引きずられるようにカラオケボックスから抜けていく。外に出るとひやっとした冷気が肌を刺す。さっきまで暑いくらいの室内にいたからその冷気が逆に心地よく感じる。しかし訳がわからなさすぎて、そんなことも悠々と考えている余裕なんてない。
しばらくして仁王が足を止めたのでふと周りを見渡せば小さな公園だった。普段は人もたくさんいる場所だが、時間が時間だけに今は人影もない。そうこうしていると仁王が手を離してくれたので言葉を発する。

「……もう、何なの」
「抜け出したかったんじゃろ?」

いくら街頭があるとは言え、辺りが暗いので仁王の表情がよくわからなかった。でもきっとにやり、と効果音が付くような厭味な笑顔を浮かべているに違いない。

「まぁ……確かにカラオケ行く前から帰りたかったんだけど」
「連れ出して正解だったようじゃな」
「え、何か言った?」
「いや、こっちの話ぜよ」

私の返答に彼の態度が変わった気がするが、よくわからないのでどうしたらいいか考えを巡らせているとふとあることに気付いた。

「ねぇ、仁王」
「ん?」
「一年前、何で私に女子大を薦めたの?」

ずっと疑問に思ってたこと。一年前に上手くはぐらかされてうやむやになったままの真実を聞くチャンスは今しかない。

「……知りたいんか?」
「知りたいから聞いてるんだけど」

そう返すと仁王は「あー……」と小さく唸っている。その姿に一つの疑惑が浮かぶ。

「もしかして理由ないとかじゃないよね?」
「それはないぜよ。……そうじゃのうて、」

さっきから唸ったり、口ごもったりと普段の仁王からは想像出来ない姿を目の当たりにする。一体どうしたというのだろう。

「……どうしたの、仁王らしくない」
「お前さんなら……なら女子大の方が向いちょると思ったからナリ」
「絶対嘘でしょ、それ」
「はぁ……お前さん意外と勘がええのう」

大きく溜息を付いて仁王がそう零す。意外と、って何だ。相変わらず厭味な奴だな。

「立海の国文とか俺以外の男が居る所にお前さんをやりたくなかったきに。……好きなんじゃよ、のことが」
「……」

仁王のいきなりの告白にびっくりしすぎて言葉も出ない。
仁王が私のことを好き?他の男と一緒にさせたくなくて女子大を薦めたの?
何だそれ、本当に何だそれ。これがあのコート上の詐欺師と呼ばれた男のすることか?
もう疑問がいっぱいありすぎて頭がパニック状態だ。

「……まぁ、肝心の誰かさんは気付いてなかったみたいじゃったけど」

間を置いて口を開いた仁王はさっきまでの少しヘタレていた彼ではなく、いつもの飄々とした詐欺師としての彼だった。

「うっ……ってか、普通気付かないよ」
「丸井は気付いちょったがのう?」
「……あいつは論外だ」

丸井の奴……。あいつ、絶対知っててこの合コンの話をにしたんだ!
次会ったら文句の一つでも言ってやろう、と固く誓った。

「で?」
「、なに」

私がぶつぶつ文句を並べていると仁王が声をかけてきた。

は俺のこと、どう思うとるんじゃ?」
「どう、って言われても……」

予想だにしていない仁王からの告白。もちろん返事なんてこの場で出来るわけない。

「素直になっちょった方が身の為ぜよ」
「それ悪役の台詞みたい。……でも私、仁王のこと、嫌いじゃないよ」
「……にしたら上出来、ってとこかのう」
「なにそれー!」

減らず口を叩く仁王に文句を言おうと少し歩を詰めると耳元で「、」と低いトーンで囁かれる。その声に身体がびくりと震える。

「、……!」
「そげん驚かんでもええじゃろ」
「だ、って……」
「ふぅ……先が思いやられるのう」
「悪かったね」
「好いとうよ、
「、!……不意打ち、なんて反則」

真っ赤になった私の頬を彼の両の手が包み込み、唇と唇がそっと重なった。
恋愛恒等式

'10/02