Shitenhouji ALL #02


どれだけ部活が好きだったとしても、正直休み明けの朝練ほどしんどいものはない。ラケットバッグを肩に、鬱々とした気分で通学路を歩く。自慢の足で走ることすら億劫に感じてしまうのだから休み明けとは恐ろしい。ふあ、と欠伸をすると不意に背中にとんでもない衝撃が襲ってきた。

「けーんやっ!!!」
「うおっ?!」

休み明けの朝だというのにいつもと変わらず元気な金ちゃんが背中に飛びついてきたのだ。バランスを崩しそうになるのを必死に堪えているうちに体が軽くなる。「へへ〜ん!」と頭の後ろで腕を組んでいる金ちゃんが隣にいた。

「……朝からなんやねん」
「なんや、けんや、元気あらへんなぁ〜!」
「いや、金ちゃんが元気すぎるだけや……」
「ま、ええわ!ワイ、けんやがすきやでっ!!」
「はぁ?!」

脈絡もない会話に素っ頓狂な声を上げ、隣にいた金太郎を見た、その時――また突然の衝撃が訪れた。今度は腹の辺りに何かがぶつかったようだ。よく見れば黒い頭、見慣れたラケットバッグ……財前だった。寝起きのよくない財前は、まだふにゃふにゃ、むにゃむにゃ眠い目を擦っていた。普段の勢いをなくしたその後輩らしい姿に思わず、よしよしと頭を撫でてやる。すると、猫のような、気持ちよさそうな顔が覗いた。
普段からこれくらい可愛げある方がええんやけどなぁ……なんて思っていると、「はぁ……謙也さんあったか。俺、謙也さんのこと好きっスわ」と言ってくるもんだから、思わず胸が高鳴る。

「……って、なんでやっ!ただ俺を湯たんぽ代わりにしとるだけや!!」
「けんやぁー、ツッコミにキレがないでー」

休み明けの朝やからな、とごちてまだどこかふにゃふにゃしている財前を引っぺがす。

「け・ん・や・くぅーん!ふぅー」
「〜〜っ?!?!」

耳元で声がしたかと思うと突然息を吹きかけられ、体全体に悪寒が走った。振り向けば、「もうっ!謙也くんってば、相変わらずかわええ反応してくれるんやからぁ」とくねくね動いている小春がいた。

「ええ反応してくれる謙也くん、好きやわぁ〜」
「……悪いけど、1ミリも嬉しないわ」

朝練があるし、この3人だって同じテニス部なのだから通学路で出会うことは別段おかしな話ではないが、一体この状況はどういうことなのか。何かのドッキリだろうか、それともまだ夢を見ているのか――頭を抱え始めた頃、視界に影が出来た。

「謙也、おはようさん」
「師範っ!……よかったわ〜!なんや、ようわからんけど、この状況どうにかしてくれへんか?!」
「?お、おう……」

目の前に現れたほとk――もとい、師範に3人を引き離してもらい、ここまでの経緯を説明する。師範は「昔から〈早起きは三文の徳〉と言うが、謙也の場合は災難やったな」と苦笑いを浮かべて言った。……休み明けの朝練なんてほんまいいことないで、と思っていると師範からさらに言葉が続いた。

「しかし、これだけ人に愛されているというのはひとえに謙也の〈人徳〉や。……大事にしいや」
「……師範」

師範の言葉にじーんと胸が熱くなる。ほんま仏のような人や。
すると、またもや視界に何かが近付いてきて、ふわふわの毛が口を覆った。

「うばっちゃったー」

少し前に流行ったCMの台詞を言いながら、中トトロのパペットを持った千歳がそこに立っていた。こんな大男に気付かなかったなんて不覚や……。何に落ち込んでるのかもう自分でもわからない。
そんな俺を余所に俺の唇を奪ったパペットと遊び、あまつさえも口を近付けている千歳を慌てて止めようとする。すると、知らない手がそれを叩き落したのだった。

「浮気か、死なすど!」
「浮気ちゃうわっ!アイツが勝手に、……ってなに言わすねんっ!」

小春への口癖を俺に向けてくるもんやから口が勝手にツッコミを入れる。

「あんな、もさもさしたんに奪われてたまるかっちゅー話や!」
「ユウジ、それ俺のや!……中トトロ可愛いやん?」
「(いや、中トトロ関係あらへんし。ちゅーか、トトロとのチューとか数に入ってへんわ)」

ユウジが叩き落したパペットを拾い上げ、見せると何故か黙ったまま不服そうな顔だけがこちらを向いている。不思議に思ってユウジの顔を覗き込むと、「やっぱお前かわええなー」と抱きしめられた。いや、俺そっちの趣味はないでっ!!と思ったものの、先程とは打って変わって、いつもの笑顔を浮かべるユウジに安心感を覚えてそっと腕を伸ばした。

「謙也、ちょっとこっち来てくれへん?」

顔を上げると、とんでもなく笑顔の我らが部長・白石が立っていた。……相変わらず無駄にイケメンや。とんでもなく笑顔の白石に逆らってはいけないことをこの3年間で身を以て経験している故に素直に従った。それがいけなかった。極上スマイルを浮かべたまま何も言わない白石にじりじりと壁際に追い込まれ、所謂"壁ドン"をされている状況。170p越えの男子が朝からどういう状況やねん!と頭の中でツッコミを入れるものの状況は悪化していく一方だ。無駄に整った白石の顔が至近距離にあることに居心地の悪さを感じて目を反らせば、耳元で「好きやで、謙也」と囁かれた。

もう頭はパニックだった。
とにかく逃げなければ、白石から離れなければ俺の貞操が危ないと思い、自慢のスピードでその場から逃げ出した。学校へたどりつくには角1つ曲がればいいだけや!とスピードをつけたまま角を曲がると、ドンと勢いよく誰かと衝突した。

「うおっ!謙也?!」
「ってー……あ、健二郎!」

ぶつかったのは部内で唯一まともと言っていい小石川健二郎だった。
俺はこの数分間に起きた一部始終を彼に話した。いつものように苦笑いを浮かべながら話を聞いてくれる健二郎は心のオアシスだった。

「……大変やったな、謙也も」
「ほんま健二郎おってくれてよかったわー!わかってくれるん健二郎だけやで!」
「……まぁ、せやな」
「ほんまありがと!」
「あー……俺も謙也のそういうとこ好きやで」

健二郎のはにかむ顔に俺はただ言葉を失うだけだった――。


人前でイチャつく趣味はありません

(それでも全力で愛しいので)


title by 確かに恋だった